第39話 夢と現実は違うと言うけれど
やっと帰宅。今日は午後からがやけに長く感じられた。迷信深い方じゃないと自分では思ってるが、厄日か? いや、元いた時代で死にかけて、こうして十五年前に魂だけが送り込まれるという目に遭った時点で、迷信深いも何もあったもんじゃないが。
出来合いのおかずを温めて、白飯の方も同じく電子レンジで温めるだけの物を用意し、食事に掛かる。一人は静かで多少寂しさを覚えるものの、テレビを入れたり、音楽を掛けたりする気にはならない。今の自分は、静かに過ごしたい気持ちが他を大きく上回っているようだ。
無理に時間を掛けて、二十分ほどで晩飯を終えると、教師としての仕事を片付けようと机に向かった。テストの採点はないが、提出物のチェックがある。その前に、クラブ活動の記録を付けねばならない。別にたいそうな長文を書く必要はないようなので、学校にいる間に済ませられたんだが、天瀬のことが頭にあって、家に持ち帰ってしまった。
誤解されたのは私、貴志道郎ではなく、岸先生の方だ。表面的にはそれが間違いのない事実。なのに何だろう、この、尾を引く気の重さは。あとになればなるほ重しを加えられているような錯覚に陥る。
くよくよしても無意味だ、と分かっていても抜けられない。どつぼにはまってる。
切り替えよう。クラブ活動の記録は簡単に終わらせて、提出物のノートに目を通し、赤ペンを入れる。これも天瀬の分を最初に済ませた。あとは集中してこなすだけ。
そうして一時間ほどで全て見終わった。完了だ。その頃にはだいぶ気分が持ち直してきていた。ここで再び静かな時間を得ると、またくよくよと考えてしまうかもしれないので、風呂は朝入ると決めて、さっさと寝床に潜り込んだ。
気が付くと、夢の中にいた。
正確には、今自分は夢を見ているんだと意識したと言うべきかな。
元の時代の知り合いや友人、両親その他が出て来たものだから、一瞬、あ、十五年後に帰れたんだと勘違いしてしまった。夢だと気付けたのは、小学生の天瀬と、十五年後の天瀬が並んで立っていたから。
おお、こうして並ばれると、どこがどう変化して行ったのかが非常によく分かる。十五年後の天瀬を見たことで、小学生の天瀬のかわいらしさを再認識した。 自分にとってかけがえのない存在が、これからこういう風に大きくなるんだなと思うと、愛おしさも増す。
夢の中とは言え、私にとって十五年後の彼女とはほぼ一週間ぶりの再会になる。駆け寄って、抱きしめようとした。
が、接近したところで、足を止めざるを得なくなる。
天瀬が、私を睨んできた。小学六年生の天瀬が今日のクラブ活動で見せたのと同じように。
何で?と声に出したつもりだったが、出ていなかった。
子供の天瀬のみならず、大人の天瀬からも拒絶されるのはつらすぎる。
と、ここで夢が終わって目が覚めていたならば、私の精神状態が反映された夢を見たんだなと解釈して、忘却していたかもしれない。
だが、夢は続いた。
いきなり黒い人影が現れたかと思うと、小六の天瀬の手を取って、連れて行こうとする。子供の天瀬はわずかに嫌がったが最初だけで、じきに笑顔になり一緒に歩き始める。人影と小さな天瀬が遠ざかると、残された大人の天瀬が、不意にぱたりとその場に頽れた。
私は異様に重い足を引きずって、大人の天瀬のそばまで行く。だが、彼女は糸の切れた操り人形みたいに、表情はそのままで動かなくなっている。呼びかけても反応はなく、鼻の下に指をやっても呼吸の気配はない。胸元に耳を当て、心臓の鼓動を探ってみたが、これもなかった。
何だこれは。何を表している?
つづく
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