第178話 まさかタイムスリップとは違うの?
そうか、戻れるのか。「戻れる」という言葉を直に聞けたのは朗報だ、が!
なんなんだ、そのオブラートに包んだ回答は。完全じゃない元通りがあるみたいな口ぶりが気に入らない。不完全な元通りなんて、元通りとは言えない。完全に前と同じだからこその元通りだろう。まるで、あれだな。災害の報道で希にあるが、命さえ助かったら一律で「無事」と表現するのに似ている。あれを聞くと、大けがを負った人を無事と表現するのはやめてほしいって気分になる。
と、一くさり文句を言った、心の中で。言ってやりたいことは他にも結構たまっているのだが、胸の内にとどめておく。今は返答をもらうことが一番だ。
ただ、次の質問には“無事”が絡んでいるから、場合によっては、追加の質問を口にすることになるかもしれない。
「次に、岸未知夫が無事かどうか、ですが……あなたはここでの“無事”をどのようなニュアンスで使いました?」
早速かい! ほんと、真面目な話、この声の主は私の心を読んでいる節がひしひしと感じられるぞ。すごくやりにくい。
「文字通り……と言ったって、通じないのかな」
「通じますけど、その“文字通り”がくせ者ではありませんか? たとえば、文字通りに解釈するのでしたら、良いこと悪いことの区別なく、あらゆる出来事が無い状態を無事と定義することだって可能になるし、無限に続く事とも意味づけできる」
「わざと話をややこしくしてる? 時間がないと言いながら」
「ばれましたか」
悪びれたところのない声。いらいらするが、我慢我慢。
「でも、何をどう解釈して無事と判断するかを迷ったのは、本当です。岸未知夫の心身と暮らしの安全という意味でなら、ほぼ保証されています」
「ほぼっていうのは?」
「あなた方の日常生活と同じです。いかに平和な日常生活を送っていようとも、ある日突然、自然災害に見舞われたり、交通事故に遭ったり、あるいは通り魔殺人に巻き込まれたりする恐れはあるでしょう。どんなに低くても可能性はゼロじゃあない。それと同じ程度に、ちょっぴり危険があり得ますよという意味です」
まあ、その程度なら仕方があるまい。
一方で、奥歯に物が挟まったような言い種が気になる。
「岸先生はどの年代にいるのだろう? 三番目の質問と被るかもしれないが、差し支えがないのなら教えてもらいたい」
「早合点してもらっては困ります。岸未知夫があなたや六谷のようにタイムスリップしていると、いつ言いましたか?」
確かに言っていない。だが、話の流れというか、私自身の置かれた立場から類推して、当然、岸先生もどこかの時代に飛ばされていると考えるのが道理というものだろう。
「それじゃ、現代のまま、二〇一九年のまま、遠い国に飛ばされたとか?」
「それも違います。あなたが想像して答え続けるのでしたら、こちらはその回答の○×を判定し続けていくことになりますけど、いいのですね?」
「いや」
何だ、そういうシステムか。なら、黙って答を待つ。
「岸未知夫には異世界に行ってもらいました」
「……ん?」
思わず、右の耳の穴を指でほじった。左もやろうとしたところで、声が続いた。
「あなたにとって最も分かり易いであろう、しかし漠然とした表現で言うと、ファンタジーの世界です」
「えーと」
とりあえず言って、頭の中で整理を試みる。
「天の意志だか神だか知らないけれども、そちらさんの担当は時間だけじゃなく、異次元も受け持ってると?」
「異次元とはまた別だと思いますが、言葉の定義を論じている暇はないでしょうから、割愛するとして……まあ、肯定しておきます。SF部門とファンタジー部門みたいに分かれているわけはありませんが」
ある意味、部門分けしてくれた方が安心できる気がする。時間も異世界も何でもあり、一緒くたに扱えるっていうのなら、私も今のタイムスリップから、次は異世界送りになることだって起こり得るのか。冗談じゃないよ。
「どうして私や六谷はタイムスリップ扱いで、岸先生は異世界ファンタジー送りなんだろうか? たとえば二〇一九年の私の身体に入ってもらうなんて芸当は無理なのか?」
「できますが、人と人の魂を入れ替えた場合、馴染んでしまって、あとで戻しづらくなる恐れが少なからずあるのです。避けた方がよろしいかと。
また、これは三番目の質問への答にもつながってきますが、タイムスリップしている人が多ければ多いほど、世界には負荷が掛かります。タイムスリップしたと自覚のある人達が好き勝手に動いたら、不確定要素が多くなりすぎて、収拾が付かなくなる可能性が高まります。ですから、緊急措置として、岸先生にはファンタジーの世界に行ってもらったんですよ。異世界の人の身体を借りるのは比較的影響が小さく、さらに、一つの肉体に魂二つくらいなら容量オーバーにならない人が結構いるので、やりやすいのですよ」
急に呼び捨てから“先生”付けになった。ファンタジー世界に行ってもらったと言うくらいだし、岸先生を巻き込んで申し訳ないという気持ちはあるのかもしれない。
つづく
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