第420話 濡れなきゃいいというのは違う
「本来備わっている能力を発揮してはいけないなんてルールを飲ませるのは最後の奥の手であって、勝負事としては下の下だってことさ。極端な話をすれば、逆に私が、『勝負の間、手を動かすのは禁止』と言われても、到底受け入れられない。自分にできないことを相手にだけ承知させるというのでは、公平さを欠くというもんだろ」
主張していて途中から気恥ずかしさを覚えた。なので、最後に言い足しておこう。
「……無論、程度問題だけどな。チート過ぎて勝負そのものが成立しないレベルだったら考えものだ」
「ふふっ、安心してちょうだい。あなたが色々と気付いたおかげで、公平公正な勝負になると思うわ。ううん、勝負はすでに始まっているとも言えるかな」
まったくもってその通りだ。神内もハイネの影響を受けでもしたのか、盤外戦めいた仕掛けをしてくる。尤も、ハイネのそれに比べたら、神内のやり口はこちらも気付くことで対処のしようがあるから充分にフェアである。
「では、正式に勝負の舞台に立つとしましょうか」
神内が言った。
そういえば、どうやってあの足場のあるところまで海を渡るんだろ? 手こぎ船でも出してくれるのかな。
「いきなり飛ぶからせいぜい気を付けて」
え?
神内の方を振り返ったときには、すでに地面は砂浜ではなくなっていた。次の瞬間には海上に架設された足場のすぐ上に、浮遊していた。
「うわっ、と」
ふわふわゆらゆら、足元が若干揺れているような。水に浮く見えない巨大なお盆に乗せられているとしたら、こんな心地がするんじゃないだろうか。いきなりのことに身体がびくりと反応する。ちょっとだけバランスを崩したが難なく踏みとどまれた。
「一瞬で運んでくれるのはありがたいけれども、それならそうとはっきり言って欲しかったね」
額を手の甲で拭うが、汗をかいてはいなかった。気持ちの面で冷や汗を流していたようだ。
「今ので落ちたとしても、ノーカウントだから」
だからって濡れたまま勝負に入るのは御免蒙る。
それにしてもほんと、神内のやれることって魔法使いか超能力者と変わんねえよなあ。勝負に使える能力をまだまだ持っていそうだけど、そういうのは使わないでいてくれるのが暗黙の了解なんだろうか。仮にそうだとして、ハイネには温情を期待しない方がいいんだろうな。
ふと声に気付いて今までいた砂浜の方角に眼を向けると、天瀬がチェアを離れて波打ち際まで出て来ていた。何かしゃべっているのは分かるんだが、中身まではしっかり聞き取れない。潮風がきつかった。寒くはなく、快適なくらいだが、風がこれ以上強くなるようなら、足場に立ち続けるには一層の集中力が必要になるに違いない。
「もうじき浮遊を解くから、足場に移って」
神内の声は近いせいか、明瞭に聞こえる。長い髪のたなびく様子から見て、彼女にも風が当たっているのは確実だが、私よりもしっかりと立っている風に映った。
「分かった。サイコロなんかはあとで用意してくれるんだな?」
「あとと言わず、すぐにでも」
言うや否や、指を鳴らす神内。タイムラグなしに、黒光りする升らしき物が目の前に浮かんだ。内側のサイズは縦横高さとも三十センチぐらいかな。中を覗くとサイコロが三つ入っている。一度に振れるサイコロの数が最大で三だから、ということらしい。
「使わないサイコロは、どこかに仕舞っておいて。適当なポケットくらいあるでしょう?」
「ああ。この升、そこそこ大きいけれども、サイコロが飛び出す恐れは皆無じゃないよな。振って飛び出してしまったら、出目の判定はどうなるのかな」
「当然、なし。回数だけ無駄に消費して相手に攻撃権が移るまでよ」
「だと思った。でも聞きたい点はそこじゃない。複数のサイコロ、たとえば三つ振って一つだけ飛び出してしまった、なんて場合はどうなるか、だ」
「その例だと、升の中に収まったサイコロ二つの目は認定して、飛び出した一つは無効。回数は三回分消費でいいんじゃないの」
「全部が無効になるんじゃないんだな。分かった。始めよう」
私はサイコロ全部を握って、グーの形を作った。
「ただし、先攻後攻を選べる権利はジャンケンで決めるんじゃなく、サイコロ三つを振って、目の数の合計が大きい方にしないか」
「なるほどね。一度振っておきたいといったところかしら」
図星だ。見抜かれても勝負には影響がないが、あっさり看破されるのは気持ちのいいものじゃない。
「かまわないけど、私は自分の振ったのを見て、次からそのときと同じ目を出せるようになるわよ。いいのかしら」
そうなんだよな。そこは確かに気にすべきところだが。
「出た目を見せてくれるのなら、問題ない」
「いいのね? じゃ、早速」
言うが早いかサイコロを振った神内。乾いた音がかすかに聞こえて、すぐにやんだ。升を見下ろし、表情をしかめる。
「低いわ。合計で四よ」
升を空中移動させ、私の方にも見せてくれた。升を傾けて見せようとしないのは、サイコロが動いてしまわないようにという配慮らしい。
「1、1、2か」
つづく
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