第421話 思惑通りか違ったか
これで神内は、私の1及び2の足場をいつでも自由に沈められるようになったわけだ。三つとも異なる目だったら厳しいが、二種類に収まったのでましだと思うことにする。これにより、私は最初の立つ位置を選ぶに際して、1と2は避けることになるだろう。
さて、今度は私が振る番だ。神内に手元を見られないよう、升の中で振るよう心掛けた。
「できれば先攻を取りたいが」
相手が4ならほぼ勝てるかなという考えが脳裏をよぎる。そうして振ったのがよくなかった――なんて非論理的な思考はしたくないが、私が出した目は合計3。そう、1が三つ揃ったのだ。
「あら。お互いにしょぼくれた出だしになったわね」
私の出目を見た神内が、さもおかしそうに頬を緩めた。でも目つきは違う。鋭さとやる気に満ちていた。
「先攻を取るわ」
「分かった。ところで神内さん、あんたを疑うつもりはないけれども、こっちのサイコロの製造過程で1が出やすくなったなんてことがないか、もう一度試しに振らせてくれないだろうか」
「そうね。私も振らせてもらえるのなら」
うーむ。それはさすがにまずい。自由に出せる目が増えるのは、避けなくてはいけない。
「それは無理だな。しょうがない。あきらめるよ」
「そうそう。次に振れば分かることよ。じゃあいよいよ本番スタート。不意打ちにならないよう、しっかり身構えて立ってなさい」
「ちょっ、何個振るのか教えてくれないのか」
「決まってるでしょうが」
神内は今度もさっさとサイコロを振ろうとする。私はいくらか焦り気味に足場を選んだ。幸い、各足場の表面に刻まれた数字はくっきりしていて読みやすく、迷わずに1と2を避けて立つことができた。縦3×横2のマトリックスに見立てると、向かって左の列の上から順に1、3、5、次の列に2、4、6と割り振られている。今回は5と6を選んだ。
「沈み始めるわよ。沈まない足場も多少、振動するからせいぜい踏ん張って」
親切にも忠告してくれた。じゃなくて、そういう大事なことはもっと早めに。
抗議する間もなく、微振動とともに足元がじわりと低くなるのが感じ取れた。沈み出したのは5の方だった。続いて沈み始める足場があるのかないのか見極めつつ、現段階では6の足場に片足立ちする。
当たり前だが、神内は急いだふりをしつつ、私がどの番号に立っているかをしっかり視認してから、サイコロを放ったに違いない。1と2の足場には立ってないのだから、さっき習得したばかりの投げ方で1と2を出そうとするはずがない。さらに、適当に振ることで1や2が出てしまうのも、神内にとって望ましくない展開だろう。折角の武器を失うことになる。その可能性をできる限り低く抑えるために、神内は一度につき一個のサイコロしか振らない作戦を採る。と、こういう読みで身構えていた。推測が当たっているのなら、沈む足場の数は0か一つだけ。今の場合だと、5以外のどの足場も安全なはずだが、裏を掻かれている恐れ、なきにしもあらず。なるべくロジカルに策を練りつつも、思い込みをしてしまわないよう心掛けるのを忘れない。
警戒を高めて周囲を睥睨していると、振動がぴたりと収まった。5番の足場は海面すれすれのところで没しているが見て取れた。
「はい、攻撃終わり。升を見れば分かるように、サイコロ一つを振って5が出たわ」
念のため、相手の升を覗き込んで確認する。彼女の言う通りだった。
「一つしか振らないとは、じわじわいたぶるつもりかな? ハイネはそういう趣味のようだけれども、神内さんもか」
「またまた。いたぶるなんて、そんな下手なカムフラージュなんかしたって、おおよそ想像が付くわ、そっちの考えていることは」
「というと?」
私は上げていた左足を3の足場に置き、少し考えてから右足も6から4へと移した。もしも後ろ向きにぐらついた場合を思うと、背後に足場が全くない状態に不安を覚えたためだ。
「ずばり、推測が当たったという手応えを感じているんじゃないかしら。私が取り得る戦法は、大まかに分けて二通りよね。いきなり1と2を沈めてあなたの足場を狭くするか、1と2をできる限り残して、あなたがそこに立たざるを得なくするか。攻撃前にあなたの立つ場所を見ると、1や2を避けて――」
このあとも神内の説明は続き、結局のところ、私が思っていたことを言い当てていた。
「ああ、認めるよ。あなたの想像は当たっている。たいした理屈じゃないし、当てられても痛痒は感じない」
弱気が覗かぬよう、突っ張る私に対し、神内は手首を返す仕種をした。今回は腕時計をしていないが、時間を気にする素振りに見える。
「ぼちぼち制限時間よ」
「制限時間――あ、二分間隔だったっけ」
「時間オーバーしても多少は目をつぶるけれども、次からは自力で気付いてよね」
得意げに言った神内だけれども、どうやらここまでの流れも彼女の作戦の一つだったんじゃなかという気がしてきた。恐らくだが、次に私がサイコロを振るまでの二分の間、私に考えさせないようにする目的で、話し続けていた……。
つづく
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