第107話 質問の取り違え
三十六人の内訳が、男女とも十八名の同数なので、四名ずつだと男二名、女二名の混成班を作らねばならなくなる。日帰りなら男女が一緒くたの班があっても問題ないだろうけど、修学旅行では当然、寝泊まりや入浴がある。大抵のことは班単位で行われるから、男女一緒だと非常にまずい。というか無理。
そんな理由から、男女それぞれ五、五、四、四人からなる四班を作り、全体で八班とした。各班の班員の構成については、名簿順に機械的に分けるものと思っていたが、そうじゃなかった。担任が児童それぞれの性格や相性などを判断して、独自に決めるというのだ。この話を聞いたとき、私は内心、暗雲がずどんと垂れ込める思いを味わった。この時代に来て岸先生の代わりになってまだ一ヶ月と経っていないのに、児童の個性を見極めて班を作るなんて、難問にもほどがあるだろ!って。
実際にはそれは全くの杞憂で、岸先生によって班分けは済んでいた。ほっ。
「ほら、天瀬さんも。一応、説明書を読んどいて」
天瀬は八班の班長である。五名からなる班で、例のぞうきん戦争の二人、寺戸と野々山も同じ班に入っていた。ということは岸先生、寺戸と野々山を修学旅行までに仲直りさせる自信があったんだな。あるいは、万が一にも仲直りさせるのが間に合わなくても、副委員長の天瀬がいればどうにかなる、なんて考えもあったんだろうか。
「分かってるって。バスの中でちゃちゃっと目を通しておくから」
軽い調子で請け負う天瀬。私が次に声を掛けようとしたときには、もうよそを向いてそちらの方に行ってしまった。明らかに浮ついているけど、仕方がない。自分だって、子供のときは修学旅行が楽しみで、出発する前からわくわくどきどきしていたものだ。気持ちはよく分かる。これくらい、うるさく言うまい。携帯電話の使い方なんて、いつでもどこでも簡単に覚えられるさ。
「大丈夫でしょうか」
バスに乗り、最前列の席の一つに収まったところで、隣から話し掛けられた。
「大丈夫でしょう、若い方が機械の使い方の覚えは早いと言いますし」
そう返事すると、相手――吉見先生は眉根を寄せ、へし口を作った。
保健の先生が同行するのは規則に定められているからだ。校医か養護教諭が着いて行く必要がある。修学旅行の間、学校には臨時の保健の先生が来るか、もしくは近くの医院に対応をお願いするらしい。
「あれ? 何か変なこと言いましたか」
こちらが目をぱちくりさせていると、吉見先生の方はまじまじと見てきた。それから、やれやれといった風情のため息を密かにつく。
「あのですね、岸先生。私が大丈夫でしょうかと聞いたのは、あなた自身のことなんです」
「ふぇ? 僕?」
調子外れの声、いや、音が唇の端から漏れた。
「怪我をしてるでしょ」
「あ、ああ」
「その上、頭が痛いとかぼーっとするとかもよく言ってらしたじゃないですか」
「はあ」
「おまけに、このところ物忘れが激しいようですし。私がこの席にしてもらったのは、岸先生に体調不良の兆しがないか、見守るためなんですよ。保健教員として」
「すみません。感謝しています」
つづく
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