第106話 予定と違う二、三のこと

 修学旅行出発に先立ち、学校にちょっとした動きがあった。

 弁野教頭と柏木先生が相次いで退職したのだ。

 弁野教頭は体調不良からの完全回復が見込めず、このまま教頭職を続けるのが困難である、自主的な降格も考えたが静養に努めて体調を万全に戻すのが先決との結論にいたり、辞することに決めたという。

 一方、柏木先生は実家暮らしの両親を世話するため、教職を一時的に離れるとのことだった。復帰が今の学校になるかどうかは未確定で、実家の近くの学校を希望する可能性が高いという話だ。

 柏木先生には二人だけのときに直接話をする機会を得たので、本当のところを尋ねてみた。私の想像では、両親の世話云々というのは名目上の理由付けで、本当は例の件から来るいたたまれなさがあるからではと感じたためだ。ちなみに、このことを遠回しに聞くのに、だいぶ手間取った。

 相手は意外なほど明朗快活に返答した。実際に父親の具合は芳しくないらしく、彼が動けない分を補うべく、畑仕事を手伝うことになるだろうと語った。

「そういえば生まれはどちらなんですか」

「大阪の方です」

「大阪ですか……」

「あら? こっちの暮らしが長いせいか、そんな風には全然見えないってよく言われるんですって、前にお話ししませんでしたっけ」

 ひやっとしたが、それ以上に気になったのは大阪という地名が出たこと。何を隠そう、修学旅行の行き先は大阪と京都を回るコースなのだ。

 もしかしたら旅行中に接触してきて何かあるのでは、いやまさか。そんな懸念が顔に出ていたらしく、柏木先生は苦笑いを浮かべて、

「大阪と言っても泉州の方で、コースからは外れています」

 と言った。

 私は邪推を詫びてから、失礼ついでに弁野教頭の出身地も聞いた。長野の方だということだった。


 修学旅行に関係して、もう一つ。懸案だったレンタル携帯電話のGPS機能どうこうっていう話だけれども、無事に機能を搭載した機種を使うことに決まった。

 これは校長先生の交渉がうまくいったため――と言いたいところだが、ちょっと違う。元々借りる予定だった携帯電話が、実はGPS機能付きの機種だったと判明したのだ。伊知川校長もその可能性をある程度予見していたらしく、以前の会議で自腹を切るようなふりをしたのもその思惑があってのことだという。そしてそんな舞台裏を隠さず、ジョーク混じりに打ち明ける校長は、愉快な人だなと思った。

「――というわけで、一つの班につき一台、位置の分かる携帯電話をこれから班長に配るが」

 あっという間に旅行当日の朝を迎えた。

 自分の通った小学校では確か駅に集合した覚えがあるのだが、この学校では学校に集合してバスで駅まで向かうスタイルだった。新幹線の停まる駅が校区の近場にあるかどうかで違ってくるのかな。

「現地に着く前は無闇に電源を入れないこと。着いてからも手に持って歩くのはもちろんのこと、ポケットに入れておくなんてのも避ける。落としたりなくしたりすると面倒だからな。バッグのチャック付きのところに仕舞っておくように」

 とうに説明した注意事項だが、手渡すときにもう一度念押ししておく。

 ところで班分けについてだが。我がクラス・六年三組は総勢三十六名だから、四名ずつ九つの班に分ければ簡単……とはいかない。


 つづく



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