第105話 今度こそ戻れると思ったのに違うの?

「仰る通り、しっくり来ませんね。コードを破壊したのは別人だと考えるのが妥当だと理解できました」

「無論、渡辺が“蘇生した岸先生は電話コードを取り替えただろう”と期待して電話を掛けたっていう可能性もゼロとは言えないが、普通はない」

 三森刑事は真っ当に捜査を進めている。刑事の勘に頼った見込みよりも論理的思考を優先するタイプにも見える。この分なら真相に辿り着くかもしれない。そうなったとき、私は柏木先生達を多分かばえない。かばう必要があるのか否か分からないが、少なくとも柏木先生には将来の安寧を約束したような体になっているだけに、気がかりではある。


 気がかりと言えば、もう一つ。最大のものが残っている。

 私はまたしても、元いた時代に戻れないのかな?

 将来の婚約者&嫁である天瀬美穂を再び助けたことで、今度こそ十五年後に戻るんだと覚悟を決めていたのだが、この二日間、何の変化も起こっていない。夢に見るわけでなし、例の“天の声”が聞こえることすらない。

 今度の一件は違うと言うのだろうか? いや、それはあるまい。天瀬の発言を早めに思い出せたから対処できたものの、もしも思い出せなかったら彼女の身がどうなっていたかしれたものじゃない。これを危機といわずして、何が危機なんだ。柏木先生達を不問に付そうと思えたのも、天瀬が身体的にも精神的にも完全に無事だったからこそである。傷一つでも付けていたら、絶対に許してはいない。

 考えられるとしたら……この度の事件は、私が過去に介入したことで起きた、イレギュラーな犯罪だった場合か。

 介入による分岐点は、渡辺が逮捕されるか否かであったと想定してみよう。渡辺が私を襲うことなく、逮捕されてもいなかったら、天瀬は渡辺に連れ去られ、世間的には恐らく行方不明になっていた可能性が高い。当然、柏木先生や弁野教頭は天瀬に手を出さなかった、出しようがなかったと言える。逆説的に言うと、私が渡辺の魔手から天瀬を救ったことにより、今度は柏木先生達の犯罪を誘発しかけた、となる。

 一見、つじつまが合うようだが、腑に落ちない点もあるな。この理屈を認めたら、今後どんな災難が天瀬に降りかかろうと、それは私が過去に介入したのが原因となりはしないか? イレギュラーな災難から天瀬を助けてもノーカウントと判定されるんだったら、「天瀬美穂を助けて」の声に応えることは絶対に叶わないじゃないか。

 この解釈ではあまりに理不尽。別の何か、きちんと筋道の通った解釈があり、それに沿って事態は動いているはず。そう信じないとやってられない。

 他の解釈……天瀬の危難は去っていないと考えるのが一番妥当だよな、うん。柏木先生と弁野教頭が改めて凶行に及ぶとは考えたくないが、それもあり得るルートとして頭の片隅に留め置かねばなるまい。

 ああ、それにしてもだ。ありとあらゆるピンチを想定していたら、きりがない。二十四時間、天瀬のそばに張り付いて、身辺警護をしなきゃ行けなくなるレベルじゃないか。結婚して一つ屋根の下にいるのならまだしも、現状では無理ってもの。

 早く大人になってくれ。

 そんなことを願わずにはいられなかった。


  つづく

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