第104話 間違いのない捜査

 一方、日曜日の三森刑事来訪は、私にとって内心、頭の痛い問題と言える。

 アパートでの襲撃事件を親身になって取り上げてくれた三森刑事は現在、捜査を順調に進めているようだ。と言っても、手筈通りに進めているということと、成果が出るということとは別問題。

「提出してもらったゴミの指紋なんですが、どうも望み薄の気配になってきましたよ」

「はあ……」

 頑張ってくれている刑事に対し、私の方はこの事件をどう収束させればいいんだろうと困っていた。柏木先生の口からはっきり聞けたわけではないけれども、アパート襲撃事件は彼女と弁野教頭の仕業と見なせる。そして私は彼ら二人がこれ以上問題を起こさないでくれるのであれば、不問に付そうと思っている。だからといって刑事さんに今さら、もう捜査はいいですとか、あの件は思い違いでしたとか言えるはずがない。ましてや、犯人は分かったのでこちらで処理しました、なんて絶対に明かせない。

「いくつかの指紋が出て、あなた以外の物が紛れていることは分かっている。多くはかすれているが、鮮明な物もあった。ただ、部分指紋ばかりでして、要は小さい。人物の同定に有効かどうかは、微妙なライン上です」

「指紋が使えないかもしれないと? あ、そうだ。リストのことなんですが、頭を打ったのが影響しているのか、今でもぼんやりしてるんです。学校の同僚が来てたのは確かなのに、ろくに覚えちゃいない」

 本当は想像混じりに作ったリストを用意してはあるが、想像故にできれば出したくない。

「やむを得ませんね。最終手段として、同僚の方全員に協力を求めることになる可能性もあると、頭の片隅に置いといてください。何も同僚の方を無闇に疑ってるわけじゃありません。不審者の指紋を洗い出すために必要な作業なので」

 刑事さんはこう言う一方で、

「重ねての念押しになりますが、現時点では捜査をしている事実、同僚の方にも他言無用でよろしく」

 とも言う。それってやっぱり、疑ってるんだろうな。

「商品の袋なんかには、店の人や他の客が触った指紋も残っているかもしれないし、何にせよ簡単には絞り込めないでしょう」

「……そういえば、僕の部屋に鑑識の人達がやって来て、詳しく調べるみたいなことは行われないのでしょうか?」

「残念ながら今の時点では、傷害事件が起こったという客観的な証拠がないので、ちょっと難しい。こう言っては何ですが、被害者であるあなた自身、記憶が定かでなく、怪我を負った痕跡もないというのがネックになっています。電話コード損壊だけでは、使用者の不注意で壊したんじゃないかという線が消せないし、はっきり言って軽微な犯罪です。犯罪の大小で捜査の力の入れ方に差を付けるのはよくないという声もあるけれども、より凶悪な事件が起きればそちらに力を割きます」

「なるほど、しょうがありませんね。……渡辺が嘘をついている可能性はないですかね。ほんとは全部、渡辺の仕業だとか」

 いくら渡辺が悪人であろうと、やっていない罪まで背負わせるのはいけないことだ。と認識しつつも、つい、水を向けてみた。

「いや、どうかな。自分個人の見解ですが、ないと思います。と言うのも、もし部屋での襲撃犯も渡辺だとしたら、奴が電話コードを壊したことになる。指紋も拭き取るぐらい計算尽くで壊した奴が、わざわざ番号を調べた上で、同じ週の土曜にこの部屋に電話を掛けている。これっておかしな行動でしょう」

 確かに。納得すると同時に、三森刑事が本腰を入れていることも分かった。


 つづく

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