第103話 今と違って当たり前じゃなかった
「うん? どうしたんだ?」
連城先生だけでなく、この場の全員が怪訝な顔をしている。私は言葉の接ぎ穂を見つけようと焦った。
「すみません。外国での事例を挙げようと思ったんですが、情報が曖昧なのでやめときます。とにかく、犯罪者が、捕まってもいいから他人を傷つけてやると決意している場合は、人数がちょっと増えたくらいではほとんど効果がないという話なんです」
「それはまあ分かる。岸先生自身も被害に遭われておるし、極端な話、米国のテロもそうだ。ただ、意見を否定するからには、別の案を出してもらえるとありがたいな」
「ですよね……GPS機能付きの携帯電話を皆に持たせるというのは?」
「このぎりぎりになって、そんな予算は割けませんよ、残念ながら」
校長が答えた。穏やかな口調だが、表情はどことはなしに怪訝がっており、「おかしなことを言う人だ」とでも言いたげな目だ。
「それにしても、ケータイをお使いにならない岸さんが、よくご存知だ」
あ、あの目付きはそういう意味か。一応、前もって調べたからなあ。
この二〇〇四年の時点で、携帯電話の類いがGPS機能を備えていることは当たり前ではなく、付いていない物も多くあったようだ。となると、家庭で子供に持たせている分があったとしても、そのまま流用できるとは限らない。
「お忘れですか。通常の携帯電話を班ごとに一台持たせることで、レンタル契約が結ばれています」
湯村先生が言った。
私は知らないことだったが、岸先生は聞いていたんだろう。
「その携帯電話だけでも、GPS機能搭載の物に変更するのは無理なんでしょうか」
「それは……」
湯村先生は校長の方を向く。
「変更は利くでしょうが、費用が上乗せされるんじゃあないのかな。旅行先で何かあったときのために確保している分を除くと余裕が全然ない」
髭の校長はぶっちゃけたあと、何か思い出そうとするときみたいに上目遣いになった。すぐに視線を戻し、言った。
「うん、でも保護者へのアピールは必要かもしれない」
「と言いますと」
田山先生が合いの手っぽく質問を入れる。
「うちの児童一人が巻き込まれかけ、岸先生が負傷される件が発生したことで、全校児童の安全確保を徹底するべきだと、父兄からの要望が高まっている。特に修学旅行中は一層の注意を払ってほしいとの声が大きい。学校側としては対策を講じたつもりでも、伝わらないことはままあるもんだ。親御さん達の要望に応えた、目に見える何かを示しておくことも必要じゃないかな」
「はあ、なるほど……」
「もちろん、実効性も期待している。GPS機能付きの携帯電話、私が掛け合って、何とかしたいと思う」
校長自ら乗り出して解決するようなことなのかな? 学校の評判に関わるとは言え、いくら何でもポケットマネーを出すとは思えないし。
とにもかくにも、安全確保強化の件は、校長のこの一声で決着した形になった。発端になった出来事の当事者たる自分としては、やれやれといった感があった。
つづく
※前回から登場した連城先生の下の名前を、邦彦から
連城邦彦だと、ミステリ&恋愛小説家の連城三紀彦氏を連想しがちかなと思ったもので、それ以外に意味はありません。
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