第236話 間違えられぬ駆け引き

 転んでもたたでは起きないというか、あちらを立てればこちらが立たずというか、あの手この手でプレッシャーを掛けてくるつもりのようだ。

「配慮の結果、岸先生が早めに使命を達成せざるを得なくなる訳でしょう。使命を果たせば元に戻れる。前に言ったように、岸先生が戻ってくるとあなたは岸先生の身体を追い出されて、元いた二〇一九年に戻るしかなくなる」

「そういう話は間違いなく聞いたし分かっているが、調節をしてくれるのではなかった? 配慮をするとも言っていたはず」

「だからそれは今までのやり方を崩さずに、踏襲した場合の話。岸先生や八島華さんの家族に迷惑が掛からないように見通しを変更すると、ひずみが生じちゃうのは当然」

「だがそれにしたって戻るしかないって……天瀬美穂を危機から完全に救えていなくても、問答無用に?」

「そうなるわね。まあ仕方ないでしょ」

 腕組みをして目を閉じがちにし、うんうんとうなずく神内。

「そちらがあれほど、『天瀬美穂を助けて』と言っていたのに?」

「ははは、そこを突かれると弱いのよね」

 空虚な笑い声を立ててから神内は足を組み、「そこでこういうのはどうかしら」と何やら持ち掛けてくる様子を見せた。黙って続きを待つ。

「早く帰れるように、天瀬美穂が次の危機に見舞われる日時をあなたに前もって教える。その代わり、岸先生達の待遇はこれまで通り」

「う」

 交換条件か。いいところを突いてくる。

 最優先なのは天瀬の安全を確保するとともに、私と彼女との将来を確定させること。それには条件を受け入れるのがいいに決まっている。私が早く二〇一九年に戻ることで、岸先生が戻れるタイミングも早まるというのであれば、悪くはない。八島華さんとその家族には状況が変わらぬままもうしばらく我慢してもらうことになるが、岸先生が戻れたら華さんも戻れるはず。結果的にはプラスだ。

 ただ、即座に条件を飲むには、気懸かりな点が多数あった。先生役を忘れずに演じつつ、尋ねる。

「天瀬に訪れる次の危機というのは最後の危機と解釈していいのですか。文脈からして」

「ええ」

「教えてもらえるのはことが起こる時間だけで、何が起きるのかは分からない?」

「分からないんじゃなくて、教えられない。それにあくまでも現時点での話だから。未来から来ているあなたや六谷が取る行動によっては、彼女さんに訪れる危機にも影響が及ぶ可能性は常にある。もちろん発生する日時にも」

 そこはしょうがない。

「私が先に使命を成し遂げた場合、六谷はどうなるんだろう? 一人、取り残される?」

「そういうことにならざるを得ないでしょうね」

 想像以上に軽い返事。もっと重要な問題を含んでいると思うのだが。つっこんで聞いてみるとしよう。

「うーん、それってまずくないのかな?」

「何がですか。はっきり仰ってください、先生」

 また急に役割を思い出したみたいに神内が言った。今回、表情は基本的に笑顔が多く、楽しんでいる様子が窺えるのだが、案外ワンレンボディコンを気に入っているのかも。

「言うまでもないと思うんですが。じゃあ別の形で質問します。岸先生の魂だか精神だかがこの肉体に戻って来たあとのことになりますが、私がこの二〇〇四年で経験した諸々は、

岸先生に引き継がれるんでしょうか? 引き継がれないのなら、六谷とのやり取りが噛み合わなくなるのは目に見えている」

「そういうことなら、ご指摘の通りだけれども、噛み合わなくたって現実に即してうまくやるわよ。あなた自身がそうだったように」

「それは過去送りや異世界送りと言った異変を体験していない人達に対して、何を言っても信じてもらえまいと予測できるからに過ぎない。過去に送られる、異世界へ送られるという違いはあっても、六谷と岸先生はお互いを似たような体験をした者として認識するはず。六谷の方がすでに私と接触を持ち、事情を理解していることも大きい。

 さらに言えば、岸先生には果たすべき使命は済んでいるわけだし、元に戻れるかどうかの心配もなくなっている。つまり自由に振る舞える。場合によっては体験したことを公にするかもしれないなあ?」

「そ、それは困ります」

 組んでいた足を戻し、身を乗り出す神内。

「困りますと言われたって、岸先生次第だから。私はもちろん彼のことをよく知らないけれども、六谷と組んでうまくやれば、未来に起きる出来事をいくつもずばり的中させて、神様の存在を間接的に証明するかもしれない」

 私が神内の側にとって都合の悪そうな事態を思い付くままにしゃべると、相手はがたんと音を立てて椅子から立った。

 立ち上がって両腕をつこうとしたようだが、机の高さが足りないため空振りに終わる。

「その様子だと、送られた先で経験したことは記憶として残り、消せないんですね」

「……厳密に言えば違うわ。夢で経験したような感覚として残るの。そういう感覚が残る人と、送られた先で現に過ごしている人が出会って、話が通じ合えば確かにまずいことになるかもしれない……」

「いざとなったら人ひとりひねり潰すことくらい、簡単にできるのでは?」


 つづく

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