第237話 中間管理職とは違うんだから

 私は冗談めかした口調ながらも、本気で聞いていた。この際、知っておきたい。

「やろうと思えば、ね。だけれども意図的に一人の人間を誅する行為を実際にやるとなったら、物凄くややこしい手続きがいるんだから。少なくとも私達クラスでは実行不可能なの。――どう、安心した?」

 自虐的な笑みを浮かべる神内。

「安心しました」

「できるとしたら、自然災害に巻き込まれた形で亡くなるように仕向けるぐらいかな」

 全然、安心できないじゃないか。

「災害に巻き込むやり方だと百パーセント確実ではないし、狙った一人だけを葬るなんて、それこそ神業だわ。無闇にできるものじゃない」

「ということは、もう少し私達に対して譲歩してしかるべきじゃないかと思うのですが、どうでしょう?」

「あれこれ絡み合ってややこしい事態になったのは、不可抗力。私達のせいばかりじゃない」

「それでもきっかけとなったのは、誰かさんが六谷の発言に大人げなく腹を立てて、彼を過去に送ったためででしょう? 違うんですか」

「そ、それはその通り」

 天の意志って、攻められると割と脆いのね。これまでこっちも横暴さに腹は立てつつも無意識の内に畏怖して、及び腰になっていたかもしれない。今回は話す相手がはっきりと人間のなりをしているせいか、物を言いやすい気がする。だからといって、最終的な生殺与奪の権利はあちらが握っているのも確実なんだから、調子に乗っていると痛い目を見そうだ。

「言っておくけれども、六谷の過去送りを決めたのは私じゃないんだから」

「分かっています。もうその辺は問いませんから、代わりにさらなる譲歩を。無茶苦茶な望みをかなえてもらおうってわけじゃあないんです。当たり前の希望を伝えるまでのこと」

「言ってみて」

 自分自身と六谷、岸先生や八島華さん、それに目の前にいる神内の立場も考慮して、まとまりやすそうな提案となると……私はずっと考えていたことを口にした。

「私と六谷ができる限り早く、同時にこの二〇〇四年を離れ、それぞれ元の時代に戻れるようにする、というのはどうでしょうね」

「具体性に欠ける。少なくとも、無条件では絶対に飲めないわ」

「無論、そんな贅沢は言いません。同時に使命を果たせるように、天の方で取り計らってもらうというのは?」

「……完全に同時というのは難しいわね」

「多少前後するのはかまいやしませんよ。それでもそうだな、最大でひと月ぐらいが許容範囲の限度かな」

「どうかしら……上と相談しないとお答えできないかも」

 上って。天の上なら宇宙か? そういう意味じゃないわな。いかなる組織系統になっているのか興味はあったが、根掘り葉掘り聞いてもしょうがないし、愚痴をこぼされそうな予感がしないでもない。

「相談するって、時間はどのくらい掛かる?」

「私の交渉の腕と上の気分次第。ただ、待つ時間を一瞬の出来事にしてあげられるけれども」

「言ってる意味が飲み込めない……」

「私が相談を持って行き、結論が出るまでの時間があるでしょ。人間であるあなたは今見ている夢の中にいる限り、その時間をリアルタイムで体感しなくちゃいけない。逆に言うなら、夢から覚めた状態でいれば体感しなくて済むの」

 便利な気がしないでもないが、理屈が分からないだけに妙な感じもする。

「それで、答を聞くにはまた夢を見なくちゃいけないと?」

「当然」

「眠りに就いて夢を新たに見たはいいが、そちらの結論がまだ出ていないなんてことは起こり得る?」

「基本的にないと言いたいけれども、程度問題よ。このあと仮にあなたが目覚め、またすぐに眠りについて夢を見たとしたら、結論は出ていないかもしれない。一度起きたら二時間は起きといてもわらないとだめね。心身をリセットするための時間だと思って」

「二時間ですか」

 今の時刻が何時か分からない。このあと起きて、四時を過ぎていたら寝直すのは絶対に無理だな。二時間がんばって起きていても六時からまた眠っていては、学校に間に合わなくなる。その場合、結局は半日ほど待たされることになりそうだ。あ、警察に行って三森刑事からアドレス帳を返してもらうのもあるんだった。半日では利かないな、こりゃ。

「できればいでいいんですが、しばらく夢の中で待つという形を取ることは無理なんですか」

 ことさら丁寧な言葉遣いで聞いてみた。このまま夢の中で待ち続けて、万が一にも早めに結論が出たのならそれを知らせてもらう。逆に結論が出るまで長引き、これ以上待てないとなったら、私は私の意志で目覚める。この場合は結論を聞くのは後回しになるが、ただ起きて待つよりはよかろう。

「かまわないわ。それよりも、さっき言ったのをちゃんと聞いていたのかしら。心配になってきた」

「な、何でしょう?」

 急に神内からじーっと見据えられ、気圧された心地になった。気持ちのけぞり、椅子の背もたれに身体を預ける。

「たいした話じゃないわ。ただ、上と交渉するのはあくまでも私。上のわがままを聞いて行動した結果がこれで、しかも今度はあなたから突き上げを食らっている。損な役回りだわ」

 結局、愚痴を聞かされる羽目になった、のか?


 つづく

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