第238話 シャンプーとはもちろん違う
「私に感謝してよ」
唐突に甘えたような物言いをされ、面食らった。が、なるべく感情を露わにせず、どう受け止めるべきかを考える。
「――ええ、それはもう感謝しています。色々ひどい目にも遭わされていますが、ヒントをくれたり、質問にも大体答えてくれています。曲がりなりにもちゃんとサポートしてくれるのは、大変ありがたいです」
皮肉な口ぶりにならないよう注意しながら、それでも多少は抗議の意を込めてもいいだろう。無論、感謝の気持ちもあるにはあるのだ。神様的立場からすれば、一人や二人、人間の将来や運命がどうなろうとたいした意味はないはず。なのにフォローしてくれるのは誠意の表れ、人間という種を創出した責任を最低限取るといったところではないか。
という風に私は感謝七割抗議三割ぐらいの気持ちで返事したのだが、これを聞いた神内は首を少し横に振った。眉間にしわを寄せ、明らかに不満げである。
「それだけじゃあ、ねえ」
「他に何か」
「はっきり言うと、私もメリットがほしいのよね」
「メリット?」
ある商品名がすぐさま脳裏に浮かんだ。けれども速攻で追い出す。シャンプーだのリンスだののわけはない。
「貴志道郎さん、あなたがもしも上と会える機会が得られたとしたら、そのときは私のことをよく言っておいて。お願い」
おや。神と人との駆け引きは切り上げて、個人(人じゃないから個神か?)の利益確保に走ったか、神内みこと。
「一介の人間が上と会うチャンスなんてないんじゃあ……」
「いいえ。今回のあなたのような場合は特別と言えるんだから。あなたのおかげで過去の改変は最小限に抑えられようとしている。その功績が実際のものとなったら、あなたは上と会う資格充分」
「ふうん。会えたとして、気に食わなかったらぶん殴るかもしれないけど、それでもいいかな?」
「だめです、絶対」
被せ気味に言った神内。
「面白くない冗談はやめてください。いい機会だから明言しておくわ。私達は人の考えていることを読める。百パーセントではないけれどね」
薄々感付いてはいたけれども、何でまた改まって教えてくれたんだろう? 狙いが分からない。それに百パーセントではないっていう点も気になる。
「あなたが上と会えたとき、とんでもないことを心の中で思って、怒りを買ってしまうのはやめて欲しいからよ」
「――今、心を読みました?」
「そういうこと。読める読めないは個体差もあって厳密なところは簡単には説明しきれないのだけれども、時折読めると思ってくれていればいい」
「意識すれば読ませないようにできる?」
「難しいわね。人の場合、その時々の呼吸や脈拍、体温などに因る。これまでに人間相手に説明した経験が数回あるんだけれども、男にとって一番イメージしやすいであろう例は、ボクシングのボディ打ちに対するガードね」
天の意志がボクシングだのボディ打ちだのとしゃべっているのは違和感があった。尤も、拳闘は太古から行われてきたであろう人間の闘争の形。神に捧げるボクシングもきっとあったであろう。だから神がボクシングに詳しくても不思議ではないと言える……のかな?
「打たれる覚悟を決めて腹筋に力を込め、呼吸を瞬間的に止めることで、ボディにパンチを食らっても簡単には倒れない。でも少しタイミングをずらされ、力が抜けたところ、息をついたところへパンチをもらっちゃうと、軽くても効く。あのイメージよ」
理屈は分からないままだが、確かにイメージはしやすい。神様とポーカーでもやることになったら心を読まれちゃおしまいだ。読まれないように訓練しておくとするかな。トレーニング方法が不明だが。
「上だって、人間の心を常に読もうとするのは面倒だし、疲れるし、読み取れたら読み取れたで結構な量の情報が一気に流れ込んでくることも起こりえる。だから普段は読もうとしていないと見なしても大丈夫。なんだけど、会合みたいな場だったら時折読もうとするのが当然」
会合で相手の心を読んでいたら、マナーも何もあったもんじゃないな。恐らく神様同士だったら互いに心を読むなんてできないんだろうし、人間相手にマナーも何もないってことなんだろうけど。
「そんなときが来るとはちょっと信じられないが、了解しました。機会があれば売り込んでおくと約束しましょう。ただし、これからの交渉で成功してくれないと、すべてはご破算で」
「分かったわ」
請け合うと神内はどこか安堵したように胸元に手をやり、椅子に落ち着いた。
「ではこれから掛け合ってくる。一つ確認だけど、私から持ち掛けた条件――天瀬美穂の次の危機の到来を前もって教える、というのは含めないといけないのかしら」
「まあ、使命を果たすには知っていた方が有利に決まっているが……」
私が頼んだのは六谷と私がほぼ同時に元の時代に戻れる状況を整えてもらうことだけであって、使命を果たしたことにしてくれとは言ってない。聞き入れられるはずがないからだ。
「無理を言って相手を怒らせるとまずいんじゃないんですか。交渉中の手応えをみて行けると確信が持てたなら、ぜひとも含めてほしい」
つづく
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