第239話 流行遅れとは違うわ
「一任してくれるのね。それなら一層やりやすいわ」
軽い調子で言われると不安になる。ちゃんと努力してくれ。
「神様には神様なりのルールがあるだろうし、任せるしかない。ただ、神内さん、あなたが上を怒らせて、今のこの役目を交代させられるなんて事態だけは避けてください。別の神を相手にまた一から関係を築くの、面倒ですし」
「上、上って、そこまで怖い存在ではないです。それじゃ、せんせ。本日はありがとうございました。またお会いしましょう」
まるで保護者っぽくない口調で言い、投げキスのポーズまでして神内は退室して行った。
「できるだけ早いとこ頼みます」
体感で一時間ほど経過していただろうか。
この空間で居眠りしたら、逆に現実世界で目が覚めるんじゃないかと根拠のない想像が膨らみ、眠らないように教室内をうろうろしていた。
「先生、戻りましたよ」
不意に神内の声がした。疲れの色が滲むものの、意外と明るい声音だった。
「どこから話してる?」
「あ、忘れてた。実体を付けないとね」
教室の戸口ががらりと音を立てて開けられる。見れば、先ほどと同じ顔の神内が立っている。でも服装が違った。お色直しかよ。女性用の鮮やかなスーツで決めている。色は何と言うんだろう、ワインレッドとバイオレットを上品に混ぜた感じだ。必要があるとは思えない眼鏡が、シャープな印象を加味していた。
「できる女っていうテーマでコーディネイトしてみたわ」
「……全体的に古いような。神様のデータベースって更新が遅いのか」
「そんなことあるはずないでしょ。時間を司っているのだから、古いも新しいもないの。膨大な情報の中から、私が気に入ったのを選んでいるだけ」
いや、そこは二〇〇四年の流行に合わせるもんじゃないのか。好きな格好をしたいだけなのか。
「好みなら仕方がない。さっきよりも年上に見えて、まだ保護者っぽい」
「え、老けて見えるの」
お題“がーん、ショック”をジェスチャーで表してくださいと言われたみたいに口を開け、頭を左右の手で挟む神内。
「あれ? 神様達も若い方が価値があると思ってる?」
「そんな固定観念はないけれども、若く見える方が喜ぶ人間の男が多いから。これはあなた達の価値観に合わせてあげてるのよ」
「分かりました。とにかくお座りください。――面談ごっこはまだ続けるんだろうか?」
「どっちでもいいわ。とりあえず選択肢を示されたので、伝えに来た」
「選択肢って、どれにするか私に選べと?」
交渉が案外早くまとまったんだなと思ったらそういうことか。
「そう。どれが正解というのはない。あなたの考えで選ぶようにとのこと」
「分かった。こっちから言い出したことだし、受け入れる。どんな選択があるのか聞こう」
「まず一つ目。貴志道郎つまりあなたはこのままにし、六谷直己はこれまでの記憶を持ったまま二〇一一年の正月に戻す」
「つまりそれぞれが単独で使命を果たせってことか。いや、無理だろ。私の方はともかく、六谷は二〇一一年に戻っても高校生。ただでさえ難問なのに、一人で解決に当たるのは困難極まりない」
「個別に判断しなくても、全部を聞いてから選べばいいわ。一つ目は保留ね。じゃ、二つ目。二〇一一年の九文寺薫子を二〇〇四年に呼ぶ」
「……無茶だが、一見よさそうにも思える。六谷と私とで彼女を説得した上で、二〇一一年に戻せば目的は果たされるかもしれない」
「よく考えてね。六谷と九文寺の二人が同時に二〇一一年に戻って、三月のあの日辺りは東北に近付かない方がいい的なことを周りに言い出すかもしれないのよ。一度は確定していた過去が大きく変わるかもね」
「……それは六谷一人が戻った場合もさほど変わらない。六谷一人が言い出す可能性は充分にあるのだから」
「そうかしら。一人と二人では違うし、“予言”が的中したあとのことも想像すれば、大混乱は間違いないと思うけれども?」
「……保留だ」
「ふふふ。三つ目はちょっと特殊よ。あなたが使命を果たしたら一足飛びに二〇一九年に戻れるのではなく、二〇一一年の一月に立ち寄ってもらう。そこから一ヶ月の間に、六谷と協力して九文寺家を震災から救うの」
「輪を掛けて無茶だ。その二〇一一年の私は、高校生なんだろう?」
「まるで首相か何かなら可能だと言っているように聞こえるわ」
「いいから答えてくれないか。高校生ならまず無理だ。たとえ防波堤を高くせよという運動を起こして通ったとしても間に合わない」
「高校生か、今の岸先生として臨むかのいずれかになるわ」
多少は検討してみたが結論は変わらない。やはり無理。できるできない以前に、プレッシャーに押し潰される気がしてならないのだ。仮に二〇一一年の一月、東北の地に立ったとして、二ヶ月ほどあとにこの人達は……と思うだけで胸が締め付けられる。助けていいのは九文寺薫子とその家族だけ。それさえうまく行くかどうか分からない。正気を保てるんだろうか。期限の一ヶ月が迫ってきたら、ここから逃げて!と誰彼かまわず訴え掛けたくなるかもしれない。
「重すぎる。他に選択肢があるのなら、それを聞きたい」
つづく
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