第240話 不公平ではないが公平とも違うような

 三択クイズのイメージから選択肢はこの辺りでおしまいじゃないかと危惧しながらの発言だったが、神内は当たり前のように四つ目を話し始めた。

「四つ目はもっと特殊で、しかも出血大サービスってやつね。上に今回の件をやいのやいの言ってみたら、ちょっぴり反省したらしくて。四つのハードルを用意するからあなたか六谷のどちらかが全部クリアできたら、チャラにするって」

「すまないが、何を言ってるのか分からない」

「だから、こちらが出した課題四つに、あなた達が挑んでクリアできたら、六谷の使命は果たされたことにするっていう提案よ」

 唐突にクイズ番組みたいな話をされたので理解が追い付かなかったが、やはりそういうことなのか。

「神様の側で九文寺家の人達を震災から助けてくれるというのか。それができるんだったら、天瀬美穂に降り懸かる危機だって私にやらせなくても回避できるんじゃないのか」

「自然災害と事件とは違うのよね。災害は他の要素が変わったからって、簡単には動かせない、その場ででんと構えている巨大な山みたいなもの。だから特定の人物に山を回避させるには、ちょっと行き先をずらしてやるだけで事足りる。一方、事件は海面に浮かぶ頼りない小舟ね。小舟の動きは周囲の要素の小さな変化で大きく変わることもある。変わったと思ったらまた元に戻ることだってね。事件から完全に逃れるには、行き先をちょっと変えてやるだけでは不充分なの」

 ごまかされた気がしないでもないが……災害が動かしがたい出来事であるのに対して、事件は容易に変化するというのは何となくイメージできた。災害と事件の中間、やや事件寄りにあるのが事故といったところか。

「要するに、いくら神様が介入しても、私のケースは自然な形で回避するのは難しいが、六谷のケースは簡単に回避できると」

「あくまで比較的、だけれどね。さあ、どうする? 一応、この四つで選択肢はおしまいよ。おすすめは今の四つ目。六谷に罰込みでチャンスを与えたのは浅慮で誤りだと、上に認めさせることにもなるし」

「四つの課題の中身は? 詳しくは無理でも、どういう傾向のことをさせられるのかくらいは」

「あなたが真っ先に感じたようにクイズ的なことが一つ。ギャンブル的なことが一つ。体力的なことが一つ。そして最後に運と記憶力を試すことになる」

 どれも嫌な感じだが、特に最後のが気になる。運だけならクリアできない可能性が高く感じるが、記憶力があれば勝ち目があるってことだろうか。

「クリアできなかったときはどうなる? 使命を果たせなかった、でおしまいか」

「そう。残念ながら九文寺薫子及び彼女の家族は震災に遭う」

 クリアに失敗したときは六谷に現状のままチャンスが残る、と期待していたのだが、そこまで甘くはなかった。私は神内にお願いしようかと思ったが……。

「ん? どうかした? 思い悩んでいるのが表情に出ているわよ」

「いや。所詮は第三者の私が言うべきことではないかもしれないが……九文寺にだけあの震災から生き延びるチャンスがあるのはどう考えても不公平。仮に他の遺族が知ったら非難囂々だけでは済むまい。中には冷静さを失って、実力行使に訴える者が出ないとも限らない」

「無意味な仮定はしないことよ」

 神内の声が冷たく返ってきた。今回初めてシリアスモードに、背筋がぞくりとする。私は気圧されないように問い返した。

「無意味だろうか?」

「無意味よ。全部説明していると大変だから、大枠を話すわね。震災のあと、『あのときこうしていれば自分の大事な人は助かっていたのに』と考えた人が、六谷直己たった一人だったと思う?」

「……思わないな。他にも大勢いたはず」

「でしょう? そんな人達にいちいち対処するほど私達も暇ではない。粛々と仕事をこなすまで。ただ、あの震災では運命を呪うとか神への怒りといった不遜な思いが無数に、一度に沸き起こった。放置しておくと、その後の人間社会がうまく回らないほどのレベルにね。だからガス抜きとして一人だけ救われる機会を与えることになったの。実際には一人だけというのは難しい側面もあるので、付随して救われる命が数名出ても許容するけれども。そうして多数から選ばれたのが六谷直己。彼の心のつぶやきが、九文寺薫子にチャンスをもたらした」

「選ばれたというのは抽選なのか、つぶやきの中身を考慮したのか」

「抽選よ。神はサイコロを振るの」

 神内は唇の両端をかすかに上げていた。

 信じていいのかどうか分からない。信じる根拠もない。向こうが勝手に言っているだけだ。でも、公平な抽選を経てたまたま選ばれたのが六谷と九文寺だということなら、苦汁の心持ちからだいぶ解放される。無理にでも信じることに決めた。

 だが、これを信じることと、四つ目の選択肢を選ぶこととは別問題である。慎重に判断せねば。

「この件は六谷が主だ。持ち帰って彼と話し合うか、いっそ彼に決めさせたい」

「さすがに無理な相談ね。選ぶ権利が六谷にあると思う? 私達はあなたに対する申し訳ない気持ちはあっても、彼には皆目ありませんから」


 つづく

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