第241話 いわゆるツンデレとは違います

 きついな。神内の話す口調もその内容もきつい。次善の策の提案をしてみるが、すでに自信がない。

「それならせめて、課題をクリアできなかった場合でも、彼には現状のまま再チャレンジする機会を与えてやってほしい。頼む、頼みます」

「やる前から失敗したときの保険を打つのはどうかと思うんですけど、それが先生の指導方針なのかしら」

 上級の神様から何か言い含められたのだろうか、戻って来てからの神内は厳しさを取り戻している。だがこちらも退けない。虚勢を張っていることは向こうにばればれかもしれないが、それでも強がって見せよう。

「ケースバイケース、ときと場合によるとしか言えない。そして今が六谷にとって大事なときなんだ」

「……分かりませんね」

 一つ大きく息をつき、首を水平方向に振る神内。

「何が分からない? 願いを聞き届けてくれるのならいくらでも説明する用意があるぞ」

「なにゆえ、あなたは六谷直己のためにそこまで必死になれるの? 以前にした説明は覚えているわよね? 天瀬美穂に危機が降り懸かるのは元を正せば、六谷に原因があるのよ」

「そんなことか。聞いた当初は、確かにそう感じたよ。六谷が二〇〇四年に来てから余計な真似をするからおかしな具合になったんだって。もっと言えば、二〇一一年の三月に、天に唾するような言葉を呟かなければ、こんな成り行きにはならなかったのにとも感じた。彼に怒りを覚えたのは認める。

 でも思い直した。自分が六谷の立場だったらどうかを考えてみれば、全部仕方がないと受け入れられたよ。高校生のとき、同級生の恋人が運命のいたずらで大きな災害に巻き込まれて死んでしまったら、天を恨みたくもなる。訳が分からぬまま七年前の世界に放り込まれたら、恋人の声を聞いてみたくなるくらいはありがちじゃないか。むしろそのとき彼女にすべてを話してしまわず、よく我慢したと褒めてやりたい。とにかく、彼の立場になってみたら、とても彼を恨む気にはなれない」

「ふうん。だったら誰を恨む? あなたがこんな目に遭っているのは誰のせい?」

 にやつきながら問うてくる神内。試されている気がした。間違いない。「神様」と答えさせたいのだ。

「根本的な原因を作ったのは、そちら側の誰かさんなんだろう? 高校生男子の当然のつぶやきを耳にして、大人げなく腹を立てた」

「じゃあ、あなたも神を恨むと」

「いや」

 ゆっくりと、だがきっぱりとかぶりを振って否定する。

「腹立たしく思ったことは多々ある。だけど、人に罰を与えたりチャンスをやったりするのは、そちらの役割なんだろう。自分は、あなた方の立場も尊重したい。でなければフェアじゃないし、恐らくはあなた方のおかげで人間は生かされ、世界の外枠が維持されているんだと思う。人間のためにしてくれたプラスの面に比べたら、私や六谷が現在受けている仕打ちはかわいい試練だと受け止める。多少、理不尽であってもな。理不尽じゃない神なんて神らしくない」

「……よくできた答。優等生でつまんない」

 神内は格好だけで音のない拍手をした。私は熱弁をふるって喉に渇きを覚えていたが、かまわずに続けた。

「つまんなくて悪かったな。だが偽らざる本心だ」

「それは分かるけれども。うーん、ではもう一つだけ聞いてみたいことがあるの。いいかしら」

「何でも聞いてくれればいい」

 こうなったらとことんまで付き合うしかあるまい。

「使命を果たせなかったり、課題がこなせなかったりしたとして、その結果、あなたや六谷の大事な人が亡くなったあとでも、今の答を繰り返せる?」

「――」

 なんてことを聞いて来やがる。

 政治家なら「仮定の話にはお答えできません」でかわすんだろうが、私が今置かれているのはごまかしのスルーが通用する状況ではない。

「……そのときは」

「うんうん」

「とりあえず、人類代表は他の人に譲る」

「はい?」

「人類代表って表現して正しいのかどうか知らないが、神様と対峙し、対話しているのだからまあ人類代表みたいなものだろう。それを辞退して、あなた方に申し込む」

「何をかしら」

「大事な人を生き返らせるチャンスをくれ。くれないなら……決闘だ」

「――っあははは」

 緊張感に耐えられなくなったみたいに吹き出し、笑う神内。

「至って真剣に答えたんだが」

「分かってる。それは分かってる。だけど、決闘したって仕方がないでしょ。勝ち目ほぼほぼゼロだし」

「勝ち負けなんて考えてない。理不尽な目に遭わせてくれた張本人に一太刀浴びせなければ気が済まないってだけさ。自分自身の魂が安らかでないと、あの世に行って天瀬と再会できても楽しくなさそうな気がする」

「あの世を管轄しているのも神様なんじゃないか、居心地悪そうだな、とか考えないの?」

「関係ない。気持ちの問題だから」

 言い切ると、さすがに心労が襲ってきた。勢いに任せて相手を怒らせかねないとんでもないことまで口走ってしまったが、嘘や計算はない。本音だ。

「分かったわ。あなたには負けた。ばか負けってやつが半分以上だけど」


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る