第242話 今ならまだ間違えられるから

 神内は声に顔に仕種にと、私に対する呆れたという評価を隠そうとしない。一方、この台詞を聞いた私はきっと表情に喜色を浮かべていただろう。

「ただし、さっきあなたが言った六谷に再チャレンジの機会をっていうの、無条件では承知できない」

 喜びは束の間だった。やっぱり、甘くはないなぁ。

「四つの課題に挑み、失敗に終わった場合を前提にした話だから、こういう条件はどうかしら。課題をこなせなかった原因が六谷にないときだけ、再チャレンジを認める」

「つまり、失敗が許されるのは私だけってことだな」

 少し前に言われた四つの課題の大まかな内容を思い起こす。

「どのような形式で課題に挑むんだろう? 私と六谷が組んで相談や協力をしながら取り組むのか、それとも一つの課題に対してどちらか一人が代表として臨むのか」

「二人の内のどちらのせいで失敗したのかを明確にするには、後者ね。でも二人で組んで同時にやるような課題もあるかも。だから各課題ごとに、責任者を一人決めて臨んでくれればいいわ。クリアし損なったら、その責任者のせい。もちろん、ずっとあなたが責任者っていうのはなしよ。二回ずつ、公平に責任者を務めること」

「四つ全部クリアするのが使命達成の要件なら、初っぱなから課題をクリアできなかったらそこでおしまいになるのかな?」

「そうね。――ははん、あなたが何を考えているか分かったわ、貴志道郎サン。課題をクリアできなくても六谷に再チャレンジのチャンスが回ってくる可能性をわずかでも高めるには、課題の一つ目と二つ目では自分が責任者になるのがいいんじゃないか、よね? 失敗しても六谷のせいにはならない」

 得意満面、推測して当てたかのような顔をしているが、心を読むことができる場合もある立場で自慢げに言われても、こっちはどう反応すればいいのやら。

 あ、そうだ。心が読めると言えば。

「ノーコメント。それよりも重要なことを聞きそびれるところだった。課題の一つはギャンブルと言っていたが、ギャンブル勝負の際に、そっちの代表者は心を読んでくるのかな。読心がもし許されるのであれば、あまりにも我々に不利なんじゃないか」

「どんなギャンブルをするかまでは決まってないから、私の方から何とも言えない。ある程度は公平さの保たれたゲームになるはずとしか」

 ある程度っていう形容がまた引っ掛かるじゃないか。

「……四つの課題を受けていいのか、どうしても迷いが生じてしまう」

 神内が何と言おうと、ギャンブルでの敗退は濃厚。一つでもクリアし損なったら意味がないのだから、だったら四つの課題は受けない方がいいとなる。

 だからといって他の選択肢がいいのかというと、三つともどんぐりの背比べで、突出してよいと思えるものはない。岸先生の異世界送りが解除されないパターンは論外だし、そうでないのも難易度では現状と大差ないのではないか。

 だったら四つ目の選択肢、四つの課題に挑むことに賭けた方がいいのか。文字通りのギャンブルだが。

「……神内さん、今回は時間がたっぷりあるようだけれども、まだ大丈夫なんだろうか?」

「そうね。時間を気にすべきはあなたの方かもしれないわよ。こうしてやり取りしている間、心身は充分な休息を取れているとは言い難いから、明日は一日中身体のだるさに悩まされる、なんてことになりかねない」

 答えると、自らの爪を気にする仕種をする神内。最初は気付かなかったが、マニキュアが塗られている。鮮やかなターコイズブルー。

「その程度なら平気だ。提案がある。はっきり言って、四つの選択肢はどれも魅力に乏しい」

「そお?」

 爪から私へと焦点を合わせ直す神内。起こした顔はふくれっ面になっていた。

「結構譲歩した気でいたんだけれども」

「じゃあ譲歩が足りない。私に対してすまないという気持ちが本当にあるのか疑わしいね」

「分かったわ。挑発はいいから、提案を話して」

「そう言うからには心を読めてないんだ? どうもよく分からないな。私が今一番欲しい情報は、四つの課題を受けるとしたらギャンブルで勝ち目があるかどうか。それを試す意味で神内さん、あなたとギャンブル勝負をしてみたいんだが、どうだろう?」

「また面白いことを言い出したわね」

 椅子に座り直すと、身を乗り出してきた。

「嫌いではないのよ、ギャンブル。だから提案は飲んであげていいんだけれども、お試しとはいえ勝負するのなら勝者へのご褒美か、敗者への罰がなくちゃね。本気になるために」

 乗り気なのはありがたい。ただ、彼女が異常なほど強いギャンブラーでは困るし、下手の横好きであってもだめだ。ほどほどに強くないと、お試しの用をなさないだろう。

「悪いが、こっちには勝者に出す褒美なんて用意できそうにない。せいぜい、上の神様と会えたときに、あなたのことを過剰なくらい持ち上げる程度かな」

「では罰ゲームにしましょう。相手が負けた場合に受ける罰を考えるのでいいわね。あっ、肉体的に痛いのとか辛いのとかはなしね」

「あ、ああ」

「それからエッチなのもなしよ」

「分かった……」


 つづく

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