第243話 立場は違えど解り合えたら

 ノリが小中学生みたいで戸惑ってしまった。罰ゲームをどうするかという話の途中までは、拷問的なことを言われたらどうしようと不安が膨らんでいたのだが、拍子抜けもいいところである。沈思黙考することおよそ三分。若干うつむいていた神内が面を起こした。

「考えた?」

「考えた」

 私は答えながら、心を読まれるケースはどんなときなのか材料が欲しくて、思念を送るかのごとく罰ゲームのことを頭の中で唱えてみた。が、神内が読心した雰囲気はない。

「じゃあ、私から言うわね。これから行うギャンブルにて、貴志道郎が敗北した場合、貴志道郎は天瀬美穂との結婚を一年先送りとする」

「……」

「どうしたの? この罰だと受けられない? 二〇二〇年、オリンピックイヤーでの結婚になるのよ。記念になっていいという考え方もできないかしら」

「そんなのは関係ない。二〇一九年に結婚できないのは嫌だが、自然な形で一年先送りになるのなら、甘んじて受ける」

「よかった。じゃあ次はそちら」

「神内みことさんがこのあとのギャンブルで負けた場合、神内さんは次の四名に心より謝罪すること。天瀬美穂、岸先生、八島華、九文寺薫子」

「なるほどね。最後は六谷直己かと思ったら、外してきたかぁ」

「敢えてさ。六谷の名を入れたら拒まれそうな気がしたので、敢えて外した。どうだろう、この四名にならこうべを垂れることにさほど抵抗はないんじゃないか。立場上、今は難しくても」

「うーん、そうね。九文寺薫子だけ、ちょっと傾向が違うというか気になるのだけれど。彼女はライン上では事故死する運命にあったのを、私達のおかげで切り抜ける機会を得たと言えるんじゃなくて? 感謝されこそすれ、こちらが頭を下げるいわれは……」

「生命や運命を弄ぶ感じが気に入らなかったから、と言えば伝わるだろうか」

 私は真摯な口調に努めて、神内をまっすぐ見た。この感情を理解してもらえるなら、心をどんどん読んでもらいたいほどだ。

「……ま、私達だって軽く扱っているわけではないのだけれど。日々扱わねばならない命の数が多くて、一つ一つに思いを馳せて感情移入していては色々と不都合があるのよね。渋滞が起きるっていうか」

 言い分に対し批判するつもりはなかった。ただ、こちらの気持ちを今一度知って、心に留めおいてほしい、それだけだ。

「とにかく、その罰ゲームの条件、受け入れましょ。あとは何で勝負するかだけれども」

「当然、あなたに決めてもらいたい。今からやるギャンブルはそちらのやり口を知るためのお試しなんだから」

「でしょうね。それでは……運の要素を多分に含みつつも、戦略が必要なゲームの勝負と参りましょうか」

 思わせぶりな台詞を吐いてから、神内は右の手のひらを開いた。


 そこにはサイコロが一つあった。


「また、神もサイコロを振るんだってことを言いたいとか?」

 皮肉の一つでも言いながら、どんなギャンブルなのかを想像していた。サイコロの出た目を当てるだけなら、単なる運頼み。戦略が必要なゲームとは呼べまい。まあ、投げ方で出目をコントロールできる人もいるそうだが。

「簡単に言うと、サイコロを振って出た目に関するあることを当てるゲームよ」

 持って回った言い方をする。ということは単純に、出た目を言い当てるのではないのだなと理解した。

「サイコロを振る方をシューター、答える方をチャレンジャーと呼ぶことにしましょう。シューターはこの一個のサイコロを振る。それまでに出た目と同じ目が出たらワンセットが終了」

「うん? 確認だが、あるワンセットの中で同じ目が出たらそのワンセットは終わり、という意味?」

「合っているけれども、焦らないの。じゃあ、例として振ってあげる。言葉で説明するよりもこの方が早いから」

 言うや否や、すぐにでも振りそうな勢いで、右手を顔の高さまで持って来る神内。私が慌てて机から腕を引っ込めるも、相手は動作を途中でやめた。

「案外狭いのね、机って」

「そりゃまあ、小学生向けだから」

「枠を作るのも面倒だし、サイコロを振って机の上の面から飛び出したら、ノーカウントで振り直しでいいわね」

 それなら最初から机をどけて、床の上で勝負すればいい気もするが、余計な口は挟まないでおこう。

「それでは気楽に」

 神内は低い位置からそっと転がす風にサイコロを振った。4が出た。

「あとで揉めないように双方でそれぞれメモを取る」

 そういうのは先に言っておいて欲しい。書く物を用意しておけたのに……って、ここは実際には教室じゃないんだった。

 私が手を開いて、どうするんだ?という顔つきをしてみせると、神内は指を一度鳴らす。ボールペンと蛍光ペン、そしてメモパッドが現れた。さすが天の意志、神様。

「ペンはどちらでも好きな方を使って」

 こっちは黙ったままボールペンを手に取り、紙に4と書き記した。相手の手元を見ると、青みがかった蛍光色のペンで4と書いていた。

「続けて振るわ」

 次に出た目は3。さらに1、1と続いた。

「あ、1が出るのは二度目ね。ここで私のシューターの番は終わり。順序が逆にになったけれども、チャレンジャーのあなたはシューター役が投げる前に三つのことを予想しておくの」

 それから神内は、三つの項目を示した。


 つづく

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