第246話 毎回違う振り方で

 私が気を引き締める間にも、神内は意外と熱っぽく語った。

「創作物語に登場する熱血教師にありがちな、努力すれば叶うとか、信じる気持ちが大切だとかじゃなく、少ない機会を活かしてきちっとデータを得ようとしている。見直したわ」

「よほどまっすぐな性格だと思われていたのかな。光栄と思っていいのか、それとも馬鹿にされているのか。とにかく、私の方も本気で勝負する。できることは尽くすさ。天瀬との結婚を一年も延期されるなんて耐えられそうにない」

「ふふ。そういうからには、1の目を出そうとしたのも、シューター役を先にやりたくなかったからかしら」

「まあ、当たっていると言っておく」

 本当はどちらでもよかった。捉え方によって、どうとでもなるからだ。先に投げるのならサイコロの感覚を少しでも早く掴めるかもしれないが、机のがたつき具合の情報は相手よりも後れを取るだろう。逆もまたしかり。むしろ、サイコロの目をある程度狙ったように出せる可能性を見出せたのが大きい。

 ただ、先にチャレンジャーをやれるのは結果オーライと言えそうである。何故って、私はすでに一度、机のがたつきを試せたから。最前よりも強めかつ軽快に押せば、サイコロの目を変えるのは充分可能だ。狙った目に変えさせるのは難しいがそれでもアドバンテージはあるはず。さっきの感覚が印象深く指に残っている内に、もう一度できるのだから。

「それじゃ、予想をしてちょうだい。私に見えないように書いてね」

 言われるまでもない。私はメモパッドに走らせるペン尻の動きで推測されないよう、注意を怠らずに書いた。

「書き終わったら、文字が見えないようにメモを伏せて」

 メモパッドから一枚を破り取り、余っている机の上に裏向きに置いた。

「準備できたわね? これから振っていくけれども、間違いのないようにあなたも出目を記録していくのよ」

「そうだった」

 置きっ放しにしたメモパッドを持ち、ペンを構える。最初の目に関しては、何を出しても失敗にはならないのだから、机のがたつきを利用する場面にもならない。気を張り詰めておかずに済む。

 神内は先攻後攻を決めるときとは一転して、ふわっと放物線を描くようにサイコロを放った。机の面に当たったサイコロは一度高く跳ね、もしかしたら床に落ちるかなと思われたが、はみ出さず。二度目以降はバウンドが極端に小さくなり、私から見て左の中程で止まった。

「6ね」

 神内がメモに書き留める。

 私も書き留めながら自分自身の予想を思い返し、これはラッキーだと感じた。予想する項目のA.シューターの一投目の出目を、6としているのだ。これで1ポイント確保。偶然とは言え幸先がいい。表情に出してしまわないよう、ポーカーフェイスに努める。

「言ってみれば二投目からが本番。準備はいい?」

「ご随意にと言いたいが、少し時間をくれるかな」

「質問?」

「質問というよりも確認になる。サイコロの目が確定するのは、どの時点なんだろう? 言い換えるなら、机を揺らす、いや机に触れる行為は、振ったサイコロが止まってから何秒以内まで許されるのか。定めていなかったように思うんだけれど」

「そうね。ではシューターの振ったサイコロが止まってから三秒後の目を出目にしましょう。今回はお試しだし、三秒の計測は厳密じゃなくてもいいわね」

「正確に測れるものなら測ってくれていいんだが」

「そう? こんな具合になるけれど、焦るんじゃないかしら」

 今度はストップウォッチでも出してくるのかと思っていたら、まったく違った。

「――うわ、何だこれ」

 ぴ。ぴ。ぴ。ぴーん!

 急に頭の中に、時報のような電子音が響いた。電話で聞く時報ダイヤルの秒を刻む音を連想した。

「その四つ目の『ぴーん!』の音が聞こえ始めた瞬間が三秒経過の合図よ」

「すごいな。こんなことまでできるのか」

「音源からの距離に左右されない、絶対確実で公平な合図になるわ。これをあなたの頭の中に流してあげることはできるけれども、気が散るんじゃない?」

「いや、いい。本番であり得そうな経験をなるべくしておきたい」

「ふうん。やっぱり真面目だわ。では二投目、いいわね」

「どうぞ」

 密かに気合いを入れ、来たるべきタイミングに備える。気分だけ腹式呼吸だ。

 神内がサイコロを振る。また違う投げ方で、手で受け止めた液体を机に注ぎ込むような丁寧な動作で転がした。

 私は出目とサイコロの向きに意識を集中し、小さな六面体を必死に目で追った。

 そして上になった目は3。

 よしっ。これならチャンスがある。

 私は急いで机の右端を親指一本で強く、充分に押し込んでからぽんと手を引っ込めた。もちろん、100パーセント成功する確信なんてない。これまで必死にかき集めたデータと感覚に任せた、まさしくギャンブル。

 ここまで書けばお分かりだろう。私はB.シューターが失敗するのは二投目で、C.失敗したときの出目を6と予想しているのだ。Aが6で偶然にも的中したので、この幸運を活かさぬ手はないと強く思った。


 つづく

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