第387話 時間の流れ方は年齢によって違う?

 今は目前に迫った対決に備えよう。さっき思い起こした“ジャンル”、残る三つは何だっけ。ギャンブルとクイズと体力勝負だったか。ギャンブルは私が頑張るとして、体力は自分自身の肉体を使う分、天瀬の方が向いていると考えていいのかどうか。クイズは知識、雑学が多ければ多いほど有利だろう。

「話を戻すと、覚えて欲しいのは社会の出来事もそうだけど、時事ネタ以外に常識や生活の知恵なんかにも興味を持って。あと、体力もなるべくつけるようにする」

「……先生、やっぱり変。まるで夏休み前の注意事項を聞かされてる気分だわ」

「うん、注意事項と受け取ってくれてかまわない。夏休みの間だけじゃなく、ずっと頭の片隅においといてくれたらいいんだ。それだけで将来、多分役立つ場面に出くわすはずだから」

 確証はなかろうと、こうでも言わないと聞いてくれまい。

「どうしようかなあ」

 つぶやくように言った天瀬は食べ終わってのごちそうさまをしてから、考え込む様を見せた。食器を重ね、それらを持って立ち上がるでもなし、じっとしている。

「岸先生がこの話をしたのって、クラスの中では私だけ?」

「そうだよ。一人だけ宿題が増えるみたいでいやかもしれないが」

「うん、まあ、大したことじゃないですし、秘密を持つみたいでいいんだけど。どうせなら長谷井君とかと秘密を持ちたかった」

 いや、それはそっちでご自由にどうぞってやつでして。

 私は小学生の天瀬の恋愛に干渉するのは、なるべくやめておくつもりだ。君が同世代の男子とどれほど親密になろうとも、嫉妬しない。私自身のためになると思って、邪魔する行動に出た結果、将来、私と天瀬とが結婚できなくなるなんて事態に陥っては元も子もないからな。本来の岸先生が本来の二〇〇四年において、天瀬の恋愛事情を知ったとして、積極的に口出ししてきたとは到底思えない。だったら私も静観するに限る。

 しかしどうしても我慢できなくなるケースが今後、出て来ないとも限らない。そのときはそのときだ。恋人・婚約者気分ではなく、父親めいた心持ちで接していれば、やりすぎることはないと思っているんだが。

「そういや長谷井君とは結局、元のさやに収まれそうなんだね?」

 気になるものは気になる。この問い掛けに天瀬は恥ずかしがる気配を見せず、「分かんないよ」と素っ気なく答えた。いささか投げやりとも思える。

「だいたい、刀とさやっていうほど親しいお付き合いしてないもんね」

「そうだったっけ? 委員長と副委員長がデートしているところを見掛けた人、いっぱいいるみたいだが」

 デートとお付き合いは別物とか言い出されたら話がこじれそうだが、まあ、この時代の天瀬の考えを知る意味でならそれもあり。

「だからそれは昔の話」

 え。昔って言うほど日にちが経っている? 昨日聞いたばかりの、二人が口喧嘩をしているところを目撃された一件、実際に起きたのは割と最近のはずだろ。

 それともまさか、天瀬は他の男子に心変わりしたのかな? いや待て。ついさっき、秘密を共有するのなら長谷井とがいい、みたいな発言があったばかりじゃないか。

 かといって、逆のパターンもないんだよな。長谷井が他の女子に目移りした可能性は、ちょっと前に天瀬自身がきっぱり否定している。

 結局、これはあれか。時間の経過に対する感覚が大人と子供とで違うっていうやつ。

 (恐らく)無駄に考え込んでいた私に、今度は天瀬の逆質問があった。

「先生は親しい女の人と喧嘩しちゃったとき、どうやって仲直りしています?」

 参考にしようっていうことらしい。私は答えるまでにいつもよりやや多めに時間を取った。

「一言で答えるのは難しいな。ケースバイケースだし、大人ならではのやり方もあるにはあるから」

「大人ならではって……何かやらしいこと?」

 どういう想像をしたのか、頬を少しだけ赤く染める天瀬。私は変な空気にならないよう、即座に否定した。

「違う。簡単に言ってしまえばお酒。でも恋愛感情を持っている相手と喧嘩したときに、お酒に頼るのはずるいかもしれないな」

「あ、そういう」

「他には、プレゼントを贈るっていうのもあるか。ご機嫌取りだな」

 調子に乗ってしゃべっていた私は、はたと気付いて口をつぐんだ。ここで私の手の内を明かしてしまうと、将来、天瀬と軽く口喧嘩でもしたとき、仲直りするのに同じ手が使えなくなって、苦労するかもしれない。

「子供の内は、仲直りするのは謝るのが一番だと思うね。どちらが先に謝るのかっていうのが一つの山だけど、先生の経験ではどちらかが一方的に悪いなんて滅多にないから、仮に自分は悪くないと思っていても、どこか悪いところを自分自身で見つけて、先に謝っちゃうのが仲直りへの近道かな。元は仲がよかった相手なら、相手も自分の悪かった点を認めて謝り返してくる。これが理想というか、よく見てきた」

「……私と長谷井君の口喧嘩で、私の悪いところって何なんでしょう?」

 困惑げに聞いてくる天瀬。

 確かに見つけるのが難しい。天瀬の見た死神の夢が口論の大元とはいえ、そんな夢を見るのが悪い、とはなるまい。


 つづく

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