第386話 自分自身の意思とは違うから
「一応、確認したいんだけど天瀬さん」
記憶が定かではないんだがと前置きした上で、にゅうめんのときは美味しいかどうか君から聞いてきたんじゃなかったっけ?と話を向けてみる。と、天瀬の笑顔がみるみる赤くなった。
「あ、あのときは確かに私からき聞いたけどっ」
しかも凄くどもっている。珍しい。
「考え方が変わったのかい? 別に悪いことでも何でもないんだから、恥ずかしがる必要はないぞ」
微笑ましさを感じ、そうフォローした。したんだが、天瀬は頭を水平方向に強めに振った。
「考えが変わったのは、自分の意思じゃないから、全然自慢にならない」
「どういうこと?」
「……にゅうめんを美味しいって褒めてくれたでしょ、岸先生」
「ああ」
「そのことが嬉しくて、私、家に帰ったあと、お母さんに言ったの。それでお母さんも褒めてくれたんだけど、こうも言われたわ。『教え子から“おいいし?”って聞かれた担任の先生が“まずい!”って答えることはまあないわね。先生相手に限らなくてもいいけれど、次また人に料理を作ることがあったら、味の感想を言ってくれるのを待ってみたら?』って」
「なるほど」
今まさに私が言ったことと重なっている。
「そのあとさらにお母さんが、『美味しくないと感じたなら、相手の人はずっと何も言わないかもしれませんけれどね』とも言ったのよ。だから、先生がずーっと黙っていたから。時間が長くなればなるほど、不安になってきちゃった」
「そうか。知らなかったとは言え、すまないことを。すぐに言えばよかったな」
「そうよ」
やっと落ち着けたのか、天瀬は私の謝罪をすんなり肯定した。
「さあ、冷めない内にどんどん食べなくちゃ。先生も箸、止まってる。動かしてくださーい!」
子供らしさが垣間見る内に、私からは微笑ましい思いが薄まっていき、すまない気持ちが逆に強まった。死神との勝負事に巻き込んで、申し訳ないという意味で。小学生時代の天瀬に害が及ぶことはないと思っていたが、判断が甘かったかもしれない。実際問題、夢の中とは言え、悪影響が出てしまっている。
だからといって今さら取り消せないのはもう分かり切っている。死神のやつが六谷をあれほど警戒しているのなら、なおのことだ。
時間もない。だったらこちらの打てる手は限られている。
「天瀬さん、一つお願いがある」
「え、先生、何なに改まって。ちょっと気持ち悪い」
「……」
二回目だ、「気持ち悪い」と言われるの。二回目でも堪える。耐性をもっとつけなきゃいけないな。気を取り直して続ける。
「今年一年間の出来事を特に覚えておくよう、心掛けて欲しいんだ」
「出来事、ですか。それって新聞やニュースで扱うような……?」
「ちょっと違う。それも含めての方がいいんだけど、身の回りのことを重視して覚えておいてくれたら、先生は助かるというか嬉しい」
こう言っておけば、死神の夢を見たことも記憶に残り、大人になったときに再びあいつが現れても比較的冷静でいられるのではないかという狙いだ。加えて、四番勝負の“ジャンル”について前から気になっていたのもある。四つの内の一つは、運と記憶力を試すと言っていた。これだけでどんなハードルなのかを当てるのは厳しいが、天瀬にもこの一年の出来事について覚えてもらえば、少なくとも無為無策で戦うよりはいいはず。
「宿題?」
「ん、まあ、似たようなものだな。ただし採点は、今はしない。二十歳かそこらになったとき、答合わせするのがいいかと思っている」
「あっ、成人する年にみんなで集まって、タイムカプセルを掘り出すっていうあれ、先生もやりたいの?」
「やりたいっていうか、やるつもりでいる。その言い種だとやりたくないのかな、天瀬さんは。アルバム委員のついでに、タイムカプセルの方も主導的にやってもらおうと思ってるんだが」
「えー? うーん、やってみたい気持ちはあるけれども……どこに埋めるんですか?」
「やはり学校の敷地内だろうなあ。自宅があればその庭にでも埋めたいところだけど、ここはアパートだし無理だな」
「それでどこに埋めたのか分からなくなって、テレビ番組に依頼して」
くすくす笑いながら想像を膨らませる。いや、想像ではなく、あるあるネタのニュアンスかな。私も調子に乗って軽口を叩いてみた。
「人気芸能人になっていたら、依頼を出さなくても確実に探してもらえそうだな」
「もう、それ言うんですか? 私、結構悩んだ末にあきらめたんだけどな」
そういえば陣内刑事の娘さんは、どうなるんだろう。もしかすると私の行動のせいで、運命が変わるかもしれないが、悪い方向に転じないことを切に願う。
「学校が別々であるとか、年齢が離れている友達が早くからできるのって、いい経験だと思うよ。そうそう、あの子――九文寺さんとはその後は?」
「特に何もない。そんなに時間経ってないし」
「そうか」
なるべくなら神様との勝負に敗れた場合に備えて、少しでも親しくなってくれたら助かるんだが、まあこれは本人の意思によるもんだし、無理強いはできない。
つづく
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