第429話 その死神とは多分違う

「これより以降の対決で、私達とあなた達それぞれ一度ずつ能力を使える、というのでどうかしら。もちろん、あなたの能力がうまく働くかどうかの保証はできないけれども」

「……どうしますかー、きしさん?」

「どうするもこうするも、使えるのは天瀬さんだけだし、あなたが決めてくれていいよ」

 ベストではないかもしれないが、悪くはないルールだと感じた。これなら、あとは彼女に下駄を預けていいかな。

「あ、ただし、身の安全の保証だけは必須条件だけど」

「それがありましたね。名前を書かれたら死んじゃうノートを持っているイメージありますもんね、死神って」

 某コミックの影響は大きいな。

 ハイネが本当にそのような物を所持しているかどうか知らないけれども、我々の命を奪う意図はないはず。元々、この対決は人命を救うためにやっている。どちらが勝とうが目指すところは人命救助につながっているのだ。そのための手間暇を、人がやるか神がやるかの違いがあるだけ。それなのにその過程において、死神が人の命を奪っていたら本末転倒も甚だしい。

 ただ、命の保証と安全の保証は意味するところが異なる。極端な例を考えるなら、死ぬような苦しみを味わうけれども死にはしない、という能力を使われたら、こっちはギブアップせざるを得ないんじゃないだろうか。要するに、拷問的な苦痛を与えられる可能性を取り除いておきたいのだ。

 私はその旨を天瀬に改めて伝えた。神内にも聞こえていたので、話が早い。

「どうだろう、神内さん?」

「それじゃ、全然苦痛を与えないなんてのも無理があるから……人間基準で、日常的に生じ得る苦痛については含めないことにしてもらうわよ」

「日常的にあり得る苦痛。たとえば?」

「一番痛そうなところで、足の小指を家具にぶつけるとか、料理中にちょっぴり油はねして小さな火傷を負うとか」

「……」

「何がいけないの? これ以上、どうハードルを下げろと?」

「いや、疑り深いもんでね。様々なケースを想定してしまうんだ。足の小指をぶつけたときの痛みを、眼球や内臓、金的に食らったら、なんてケースを。あるいは、足の小指をぶつけた痛みを途切れずに連続して食らうというようなのも御免蒙りたい」

「ああ、そういう心配か。だったら、日常的に起こり得る状況込みの苦痛、とでもすればいいのかしら。足の小指をぶつけた痛みは、あくまでも足の小指にのみ、かつ単発で発動する」

「それなら」

 我ながら細かいとは思うが、念のためだ。用心するに越したことはあるまい。

「やっとまとまったわね。尤も、私は言うまでもなく、ハイネにしたって足の小指どうこうなんてことに能力は行使しないでしょうけど」

 そうだろうとは思うが、念のため言質を取っておくか否かで、心理的に随分と違う。さらに言えば、今まだ終わっていない(はずの)体力勝負では、もう能力は使えないことも取り付けられたのは、大きな成果である。「“これより以降の対決で”一度ずつ能力を使える」とは、第三戦目以降を意味するのだから。

「それじゃ、続きをやろうか、体力勝負の」

 相手に問わず、当然のものとして話し掛ける。

「ちょっと待って」

 おっと、ストップを掛けてきた。神内からすれば、この天瀬の“御技”を認めることはできないか?

「何が不満なんだろう? 私はまだ足の裏を、足場から離していない。換言すれば、まだ勝敗は付いていないってことになる」

「ええ、それはかまわないわ。体力勝負を続けるのに異存があると言ってるんじゃないの」

「ん?」

 何だ。じゃあ他に問題があるってか?

「岸先生、あなたがそのままというのはあんまりじゃない?」

「あ? ああ、当然、足場に上がらせてもらうつもりだけど」

「だとしても、手が足のまんまっていうのは、そっちが有利に過ぎるでしょうが」

 そうか。元からの足に加えて、両手も足と化している状態なら、落ちそうになってもまた手(いや、足、なのか?)で足場を掴めば助かることになる。それどころか手のように掴めるので、事前に定めたルールに従えば極端な話、足場が沈んだあとも落下したとは見なせないことになるかもしれない。

「天瀬さん」

「はい!」

「僕が足場に立ったあと、この両手を元に戻すことってできるだろうか?」

「確かなことは言えませんけど、多分……」

 応えながら、彼女が私を見る目つきは、どこか物問いたげであるような。しばし考え、閃いた。

「念のために注意しておくと、元に戻せないふりなんてしなくていいから」

 最初の対決で、声を出せなくなったふりを咄嗟に思い付いた天瀬のことだ。現在の有利な状況をそのまま持ち越せないかと考えてもおかしくない。

「そんなつもり、ありませんよ、全然」

 きょとんとした真顔で返事する天瀬の声音や仕種から、真偽の程は測れなかった。これがもし嘘の答だとしたら、結婚生活がちょっと怖くなってきたかも~。

「とにかく念じてみますので、きしさんは早く上ってください」

 私は手応えならぬ足応えを確かめるつもりで、足場をしっかり握り直した。うむ、これなら行ける。


 つづく

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