第397話 間違い確定でも食い下がる

「どちらも割と有名な引っ掛けのあるタイプの問題ですけど、だめなんですね」

 その通り。教師の間でもよく知られているんじゃないかな。前者の数式は、加減乗除の規則を無視して、前から順に計算すると600となって誤答。後者は「聖徳太子(厩戸皇子)」と答えれば確かに試験問題だろうけど、「大工」が正解ならとんち問題だ。

「分かりづらい例になったみたいね。じゃあ、極端かつ境界線上にある問題で例示するわ。“ポアンカレ予想の証明を書きなさい”は試験問題、“ポアンカレ予想の証明に成功した人物を答よ”はぎりぎりクイズね」

 感覚的には分からなくもないが、やはり明確な基準がないと把握しづらい。

 それに数学の未解決問題が除外されるのは期待通りだが、その証明に成功した人物名を答えさせるのはありなのか……知らんなあ、誰だっけ。ポアンカレ予想が解けたっていう特番を観た覚えはあるんだけどな。観たのが二〇〇四年よりあとだったのは確かだ。

「いまいち理解が追い付いてないんですが、神内さんが判断してノーカウントにされても、ポイントがマイナスになる訳ではないんですね?」

「ええ。ポイントはそのまま」

「だったらいいです」

 割り切った様子の天瀬。勝負の進行に関しては、主導権がどうしても神様側にある。気持ちを切り替えるのはベターな判断だろう。

「では、どちらが先に出題側になるかだけど」

「こちらが先に出題することを所望する」

 神内の台詞の途中で、ハイネが反応した。見ると、いつの間に出したのか、大きな刃の長い鎌を手に持っていた。

「この勝負、かなり人間側に譲歩した。これくらいは我々の望みを聞き入れても、罰は当たらんよ」

 罰を与える立場の神様が言うと何だかおかしく聞こえるが、さすがに笑う気にはならなかった。

「かまいません。むしろ後攻の方がうれしいくらい」

 意見の一致を見たということで、ハイネの先攻でクイズ勝負の幕が切って落とされた。

「我ら神側からの第一問は、“紅茶のティーバッグを発明したとされる人間の職業は何か?”である」

「……」

 天瀨が無言のまま、私の方へと振り返った。表情からは先ほどまでの自信らしき色は消え、だめっ分からないというのがはっきり出ていた。弱々しく首を横に振る彼女に、アイコンタクトは通じそうにない。

 思わず助け船を出した。いや、私だって答を知っている訳ではないのだが。

「えーっと、審判、というか神内さん! このクイズが何系の問題なのかは、尋ねることはできないのか?」

「今の時点では、出題側次第になるかしら。――どう、ハイネさん?」

「どうも何も、見たまんま、聞いたまんまの解釈しかできない設問だと思うんですがね」

 声だけ若干困惑した響きを滲ませ、ハイネが言う。神内が「念のため、正解を聞かせて」と耳打ちを求めると、死神ハイネは黙って応じた。

「――と、こういう風に人間の書物ではなっている」

「ふうん。よかった、思っていたよりもずっとクイズっぽい。間違いなく知識系だけど、ちょっとした妙があるのがいいわ」

 確認を取った神内は、私達の方へ「聞いての通りよ」と目配せをしてきた。

「なーんだ。てっきり引っ掛け問題で、なぞなぞかと思ったよ。なあ、天瀬さん?」

 私は芝居がかって言った。こんな台詞を口走ったのは、事実、なぞなぞ的な答がぱっと閃いたせいだ。

 天瀬の緊張を僅かでもほぐそうと声を掛けたんだが、どうかな。

「え、ええ」

 彼女は戸惑い気味ながら首を今度は縦に振った。

「手堅く1ポイント取りに来るなんて、死神サンらしくない感じ」

 うんうんと頷きながら考えている様子が見て取れる。

 どうせ制限時間は決められているのだし、今さらルールを覆せる物ではないと分かっている。考える時間が仮に増えたとしても、正解できるクイズじゃなさそうだ。とにかく出だしのよい雰囲気をひっくり返されないように、私は言葉を尽くすとしよう。

「考える時間はいくらもらえる?」

「原則通りの二分で」

「そうか。ま、知ってないと正解を出せないタイプみたいだしな。仮定の話になるが、もしもとんちの効いた答を言って、面白ければ1ポイントくれるというのは無理かな?」

「さすがに無理――よね、ハイネさん?」

「私はどちらもでよいですよぉ。でも、考えてみれば疑問がありますねぇ。面白いか否かを判定するのは誰がするので?」

「それは……神内さんにお願いするほかないだろうな」

「そういうことですよぉ。人間のお二人さん。神内さんも分かっているでしょうねぇ、ご自身の立場を」

「確かにその通りだわ。岸さん、今のは元々無理がある提案だし、却下ね」

「もちろんかまわない。ただ――」

 私は天瀬を見た。ここまでの私の台詞を考慮して、彼女なら一つの駄洒落に達しているんじゃないかと思う。

「なぞなぞだとしたら、人間はこう答えるというのを聞いてくれるかな」

「何のために?」

 これはハイネが直接聞き返してきたもの。

「人間の思考の幅広さを見せておきたい。知識系と見せ掛けてとんち問題っていうのが充分にあり得るんだってことをここであなた方神様に示せたら、このあとの出題で効いてくるかもしれないだろう?」


 つづく

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