第469話 理屈と感情はもちろん違う

「さよう」

 己のイカサマ・反則の説明をさせられている割に、ハイネはどこか偉そうだ。私は忍び笑いをした。このあとも私が指摘してやった方がいいのかねー?

「そして小さくしたまち針を使い、私が少し前に言ったやり方で、指に痛みを与えてきた。なるほど、私は鎌を使ったものと思い込んでいた。鎌の刃をいくら調べても、何も付着していないか、少なくとも私の血液が検出されることはなく、私の告発は間違いでしたってことになるわけだ」

「やっと理解が追い付いたようだな。要するに――そういう勝ち方を、こちらのゼアトス様が好まなかったと、それだけの話である」

 最後の辺りはさすがに忸怩たる思いがあるらしく、この死神に似合わぬ早口になっていた。

「はい、お疲れー、ハイネ君」

 ゼアトスが場の空気を緩ませる。死神の肩を抱き、私の方を見ながらぽんぽんと叩く。

「多少もたついたが、余すところなく説明し終えたと思う。どうかね、えー、キシ君?」

「はい」

 相手の笑顔が段々、うさんくさいものに見えつつあるのだが、そんな感想は奥に仕舞って、素直な返事に徹する。

「見えていなかった部分も把握できて、理解できました。それと、あなたが公明正大で誇り高いことも」

 後半の台詞は、素直な感想ではなく、またお世辞でもない。このあとも監視を頼みますよ的ニュアンスを込め、釘を刺したつもりだ。

「うーん、誇りは天を衝くほどに高いかもしれないけれども、公明正大っていうのは違うな。私に限らず、神なんて立場にあると、公明正大だけではことが進まない」

「それは失礼しました」

 私は頭を下げた。やり過ぎなくらいに低姿勢に出ておく。ハイネの様子から推測すると、ゼアトスは状況をいきなりひっくり返すだけの力がありそうだ。ここまでの積み重ねをなしにされてはたまらないし、姿を現した目的がハイネへの警告のみであるなら、このままお帰りいただくのがベスト。勝負拮抗のためのスパイスを続けてくれるのかとか、スパイスの正体は何かとか、知りたいことがないではない。しかし、余計な口を利いて、今後に不確定要素を増やしては元も子もない。私は文字通り、触らぬ神に祟りなしの境地に至っていた。

「いやに素直だね。このあとの勝負では、また尖ったところを見せてもらいたいものだ。ところで、ハイネ君の反則をいかように換算するのかな?」

「「換算?」」

 何てこった、死神とハモってしまった。曰く言い難い縁起の悪さを覚える。

「おや。相手の反則は己の勝ち星に結び付くルールだったよね?」

「あー、それでしたらこのあと、お互いに話して落としどころを」

 ハイネが議会答弁みたいな言い種をするのが、そこはかとなくおかしい。

「どう話し合うのか、気になるね。シンプルに一つ、勝ち星を上乗せするだけでいいのかな。特殊能力の使用自体は認められていたが、回数は一度きり。しかも持続的な使い方もNG。これまでにキシ君がカードを落としたのをすべてハイネ君のせいだとすると、かなりの勝ち星を減じるのが妥当な気もする」

「あの、それは」

 私は自分の勝ち星の得にならないと分かりつつも、反論した。

「イカサマや反則に気が付くまでは、騙されていた側の責任という解釈でよいと思っています。一つ一つの勝負がイカサマによって決したのか否かなんて、確認できないですから、一律に認めるしかないし、合理的というものではないでしょうか」

「ふむ。なかなかよい説明だね」

 ゼアトスが乗ってきた。話し込むのは私にとってよくない気配がするのだが。

「その説明で、君の教え子達は納得するかな?」

「教え子……小学生の子達が納得するか、という意味ですか」

「そうだよ。ああ、キシ君の属性についてはちゃんと把握済みだから、驚くに値しないよ」

 でしょうね。実際、そこに驚いてはいない。驚いたというか訝しく感じるのは、どうしてこんな些末なことに神様が拘泥するのか、だ。ルールの運用が気になるのであれば、元のように引っ込んで成り行きを見ていれば済む。

「ルールで決めたのなら、最終的には納得するかなと思いますが」

「キシ君は格闘技に詳しいみたいだけど」

 唐突な話題転換。私はほとんど反射的に「それなりにです」と答えていた。

「じゃあ格闘技にたとえてみよう。ボクシングでも何でもいいが、ある選手がドーピングをしていたと検査で判明する。過去にも同様の不正を行っていた可能性大だ。さて、その選手の栄光はどこまで認められるものなのかな?」

「……ルール上は多分、発覚した直前の試合の結果が無効試合に改められ、タイトルホルダーであれば王座剥奪が妥当な線でしょう」

「ルールではね。その時々で定めた通りにするのは当たり前に過ぎて、つまらない。感情論的にはどうなのかな?」

「……ドーピングは許されるものじゃない。過去に遡って罰するべきだと思います」

 私はゼアトスだけでなくハイネの様子も窺いつつ、受け答えをしていった。この話の流れに乗っていいのか、判断を迫られていると感じた。


 つづく

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