第259話 一番上のサイコロの違いで
「えっ、ちょっと」
今度は喜びのポーズのまま固まる神内。
「三秒経っていなかったと思うが、その認識でいいのかな」
私が興奮を押し隠して尋ねると、神内は動揺や驚きを抑えつつ、「た、確かに」と認めた。彼女は残るサイコロ五個からなるタワーを見下ろし、深く息を吐いた。
「サイコロは六つ積めていないと、失敗と見なされるのよね」
そこに見えているのはやはり3だった。それをどけると5が現れ、次もまた5。それから3が現れ、一番下は5だった。さすが神、凄いな。どのサイコロが一番上に来ていたとしたって、成功していたことになる。
ただ、崩れてしまうのは想定外だったろう。
完全に想像のみになるが、サイコロの塔の一番上が崩れたのは、恐らくサイコロの個体差が出たのではないだろうか。これまでは、神内が最初に“生成した”サイコロが常に一番上に来ており、その形状から安定して載っていた。ところが今しがたの五投目は、神内があとから“生成した”五つのどれが一つが上に来た可能性がある。そのサイコロは製造時の個体差で、上に重しとなるサイコロがあるときとないときとで安定度に大きな差があった……。結局のところ、私は運に恵まれ、ようようのことで勝てたのだろう。
「あー、負けちゃったかあ」
急にさばさばとした物言いで述べると、神内は大きく伸びをした。
「凄く疲れたわ。でも面白かった」
「面白がるのはいいが、ギャンブルは神聖なものなんだろ? 賭け代の執行に関して、誠実でなければならない」
「分かっているわよ。もう、あなたには情感や情緒ってものがないの」
神様からそんな説教を食らうとは思ってもみなかった。自嘲した私に神内は人差し指を突きつけてきた。敗者の態度じゃないだろ、これ。
「言っておくけど、謝るのは事がすべてすんでからだからね。途中で謝るために他の人間達の前に姿を現したらややこしくなるし、私がひどい奴になる。まるで、死刑宣告した相手に『巻き添えにしてごめんね。どうすることもできないけど』って言うのと同じでしょ」
まあ死刑宣告は言い過ぎかもしれないが、ニュアンスは伝わった。
「了解した。呼び出しの方もこのあと履行してくれればいい」
早く戻してもらって、休息をわずかでも取ろう。
が、神内は「ちなみにだけど」と話を振ってきた。
「もし私が逆転か、悪くても同点に追い付いていた場合、あなたは次のシューター役でどんな仕掛けをしてくるつもりだったのかしらね?」
「……くどいようだが、心を読んではいないんだな」
「そこはフェアに対処してきたわよ」
「だったら神内さんの推測を聞かせてほしい。決着したというのに、敢えて聞いてくるということは、何かしらぴんと来たものがあったからじゃないのかな」
「いいわ。あなた、最初にこの筒を用意したとき、セロハンテープや紙くずなんかを、ポケットに仕舞ったような気がするのよね。じっと観察していたわけじゃないから断言はしないけれども。隠し持ったんだとしたらいかにも怪しいわ」
ぎくりとする。顔に出たかもしれない。
「そもそも、サイコロを振るのに筒を使おうと言い出したのもそっちだったし」
「あれはあなたがサイコロの投げ方で、ほぼ望み通りに目を出せるようだったから……」
「それを防ぎたいだけだったのなら、他にも方法はあったはず。サイコロを転がす滑り台みたいな物を作って、そこを滑らさなければいけないとかね。そうしなかったのには何か裏があるんじゃないかなと疑ってみたの」
彼女の言う通りだ。ギャンブルに対して誠実な神内の前で、私はイカサマのための細工に適した環境を作り出し、準備を進めていたのだ。
「筒があることで目隠しになるから、細工をしやすくなるのは論じるまでもない。でも一体どんな? 狙った目を出せる筒なんて、あり合わせの道具や材料で、臨時に作ることはまず無理でしょう。だいたい、私が使った筒には何も細工していないのは分かった。当然よね、気付かれるリスクを思えば自分にシューターが回ってくるまでは、筒に余計な細工はしないでおく。あなたはシューターとして筒を受け取ってから、密かにかつ迅速に仕掛けを施さなければならない。
一番確実で簡単そうなのは、サイコロを振ったように見せ掛けて、その実、出したい目を上にしたサイコロを机にそっと置くことだと思った。だから多分、サイコロが中に入っていなくても、振ればさも入っているかのような音をからからと立てる、そんな仕掛けを筒にするつもりだったんじゃないの? 本物のサイコロの方は筒を掴む手に隠し持っておいて、筒を伏せる瞬間に出目を上にして机に置くつもりだった。違う?」
ほぼ正解だった。
サイコロが入っているように思わせる音は、紙玉とセロテープで風鈴のベロみたいな物をこしらえて出そうと考えていた。この調子だともし実行していたら看破されていたに違いない。最後のシューター役が回ってくる前に勝負が決して、本当に助かった。
「これですっきりしたわ。じゃ、おやすみなさいね。寝不足のまま学校に向かって交通事故なんかに遭わないように」
「……神様的立場からそういう風に言われると怖いんですが」
つづく
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