第327話 印を付けたに違いない?

 対するハイネは例によって感情を露わにすることなく淡々と、しかし妙な台詞を吐いた。

「やはりとはどういうこと?」

 反射的に聞き返していた。

「どういうことかと言いますと?」

「その言い方、まるで自分のカードがエースだと知っていたかのように聞こえるのだけれども」

「……いえいえ。何を仰るやら」

 ここで初めて明確に、死神がにやりと笑ったのが分かった。間を取ったのも意図的な行為に違いない。

「私はあなたの手札がキングであると知った上で、勝負に出たのですよ? 当然、自分のカードはエースだと信じたに決まっているではありませんか」

「だけど可能性は低い。なのに信じようと思った根拠は何? あるの?」

「直感ではいけませんかねえ」

「その弁明を信じろと言う方が無理。そんなに都合よく行くなんて」

 やり取りがヒートアップしかけたところへ、ゼアトスが参入する。

「要するに君はハイネ君がイカサマをしたと告発したいのかい?」

「い、いえ、そこまではまだ。確証を掴んではいませんから」

 一旦、恐縮して返答する神内。続けて要請もする。

「ですが一つ、頭に浮かんでいることはあります。それを防ぐためにディーラーたるゼアトス様にお願いがございます」

「お願い? どうぞどうぞ。遠慮なく言ってごらん。今の僕は使用人みたいなもんだしね」

「勝負に用いるカードの全交換です」

 今まで使っていたカードではなく、新しいカードで勝負したいと神内が言い出したのには当然理由がある。いわゆるがん付けを疑っているのだ。

(インディアンポーカーではまだ二回しか勝負しておらず、使ったカードは四枚だけ。けれども、ここに至るまでの六度の勝負では、カード交換が幾度も行われ、相当な枚数のカードが使われた。マークと数が分かった分だけでも結構あったはず。それに思い返してみると、ハイネはできる限り多くのカードを見ようとしていた節があるんじゃない? カードチェンジで五枚全部を交換するなんてその最たる行為だわ。シンキングタイムを三十秒と決めている様子なのも、あれは賭けるコインの枚数に悩んでいるように見えて、実のところカードを裏から見ても区別できるよう、がん付けした傷か何かと、マーク及び数字とを結び付けて覚える時間が必要だったから。こう考えれば辻褄が合う)

 イカサマのためにがん付けしたという結論に符合する事実が、いくつか思い出される。神内は確信を強めた。

 だが、裁定役のゼアトスはちょっと渋い顔をしている。端整な顔立ちが眉間のしわで、若干怖い表情になっている

「んん? そいつはどうかな。僕は最初に約束した。首尾一貫して勝負にはこのカード一組を用いるとね」

 威厳に関わるとでも言いたいのだろう。立場は理解できるが、現在はディーラーとしての、そして勝負の立会人としての役割を果たすことが優先されるはず。

「イカサマを暴く端緒になるんです。ぜひともカードの交換をした上で、勝負の再開をしてください。それもこのあと勝負が終わる度に、新たなカードに交換するのが理想です」

「ま、いいけど」

 随分と軽い返事でOKが出た。表情も最前よりは緩んで穏やかだ。

「でもさ、新しいカードにした結果、ハイネ君が別のポーカーを指定してきたらどうなるのかな? 同じインディアンポーカーの勝負になったとしても、君が思い描くような展開にはならず、あっさり勝負が付くかもしれない。ハイネ君が先ほどイカサマをしたんだとしたら、次の回、何もしてこないという選択肢を採ることも考えられるんだよね」

「私の想定する方法は、他のポーカーでも有効です。残りの五戦、すべてにイカサマを使わぬよう封じ込めることができるのなら、私の望むところです」

「……今の負けで差を縮められたとはいえ、まだ二十枚ほどリードしているんだったかな?」

「はい。極端な話をしましょう。このあと私は参加料だけ納めて降り続ければ、逃げ切れます。ハイネ氏が勝つためには、つまり私に降り続けさせないためには、一度はオールインして勝負に出る必要があります。そのときに正攻法だけでなく、イカサマも仕掛けてくる可能性は高いはず」

「君の主張はよく分かった。とりあえず、先ほどの敗戦は受け入れるんだね? イカサマの証明は無理なようだし、君自身も負けを認めた形で話をしている」

「ええ、それはやむを得ません」

「分かった。ハイネ君はカードを新しくして勝負を続けることに賛成かね?」

「容疑を晴らす手段が思い浮かびませんし、受け入れるとします~」

 これまた簡単に受け入れた。イカサマをしばらく使わないつもりか、もしくは別の手口が用意してあるのかもしれない。

(そういえば……指に鋭い痛みが走ったあれも死神のイカサマの一つだとしたら、複数の手段を持っていると考えざるを得ない)

 まだまだ安心はできない。警戒を強める神内だった。

 ゼアトスは新たなトランプ一組を取り出し、シャッフルを始めた。

「おっと、聞きそびれていたが、ハイネ君。次はどのようなポーカーにするね?」


 つづく

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