第326話 十五も十六もたいして違いはない

 ハイネの手札が最弱のエースと分かり、内心で歓喜する。己の手札がキング以外なら勝ちだ。

(今度はハイネから賭ける。さあ、何枚ベットしてくるつもり?)

 注目する神内。三十秒待たされるのにもすっかり慣れた。

(それにしてもあの目。黒をさらに黒で塗りつぶした、底なしの井戸みたいだわ)

 死神のくぼんだ目から視線が出て、神内の鼻先をかすめて額にあるカードを射貫かんとしてる。そんな錯覚に囚われそうになった。

「そうですね~。先ほど勝てた分を失ってもまあ仕方ないとは思いますが……ここは慎重に。池に張った氷の上を歩く気持ちで」

 と言いながら、五枚を出してきた。一枚ずつ刻んでくるのかしらと思っていた神内は意外に感じつつも、多く賭けてくるのなら願ったり叶ったりだとも考えた。

(十枚にせず、一枚にまで落とすでもなく、間の五枚としたのは、私のカードも中間ぐらいの強さってこと? キング以外なら勝てるのだから、それで充分。問題はハイネに六枚目、七枚目のコインを出させるにはどう賭けるのがいいか)

 多分、八枚ぐらいまでなら応じるように感じる。十枚行けるかどうか。

(さっきの一枚上乗せのやり口を見ると、十枚の壁という意識は薄いのかもしれない。それなら試す意味で……)

 神内は金貨九枚をテーブルに置いた。

(これを中途半端と考えて、十までつり上げる?)

 ほとんど無駄だと分かっていても、習慣で対戦相手の表情を見てしまう。こちらのカードを凝視するハイネと視線がぶつかった。

「四枚上乗せの九枚とはお珍しい」

「参加料を合わせればちょうど十枚だけど?」

「なるほど、そのような捉え方も可能ですねえ」

 にやっと笑ったように見えなくもなかった。ただそれ以上に闇が濃くて、しっかりと目で捉えられない。

「ならば五枚レイズして、参加料込みの十五枚というのはいかがでしょう」

 ハイネの前に合わせて十五枚のコインが置かれる。

 五枚のレイズは予想の埒外だったが、よりたくさんのコインが転がり込んでくるのであれば臨むところだ。神内はさして考慮することなく、ノータイムでコール(同額で勝負を受ける)しかけた。

 だが、すんでのところで考え直し、少しだけ欲を出す。

(ハイネのあの自信ありげな賭け方から推して、私のカードは2か3といったところかしら? この分なら、もう数枚はさらなるレイズが可能だと思う。最低でも一枚。参加料を除いて十五枚にしたかったという理屈が成り立つし。いやそれよりも、ここは五枚か六枚行っておく? その結果降りられてもハイネがすでに出した十五枚はこちらに入る。小さく一枚だけレイズして勝った場合と大差ない)

 神内は革袋に左の手首から先を突っ込み、十一枚の金貨を数え取った。ハイネのレイズした五枚に、自らが上乗せする六枚を足した数だ。

「あなたの五枚を受け、そしてさらに六枚上乗せするわ」

「おや」

 文字にすると驚くか戸惑うかしたように思えるかもしれない。しかしハイネの口調は一定で、感情の変化を読み取るのは難しい。

「そこまで大勝負にするつもりは毛の先ほどもなかったのですが~。ううむ~、本意ではありませんが、今さら降りるのももったいない気がするので、勝負に応じるのがよいのか……それとももっと上乗せして、あなたが降りるように仕向けるのがよいのか」

 真っ暗な洞穴の目で神内を見据えるハイネ。

 心の底から震えがにじみ出てきて、身体全体に伝染するかのようだ。神内は空いている左手を太ももの上に置いて、努力して震えないようにした。

「――掛け金で競り合うというのでしたら、私の方が勝ちます。所持するコインの枚数は私が上回っているのですから。実質的にはハイネさん、あなたがオールインする羽目になりますよ?」

 敢えて丁寧な言葉遣いをして、冷静に指摘する。無論、本心ではそこまでの勝負は望んでいない。相手がエースとは言え、百パーセント勝てる補償はない。

(私のカードがキングのときだけは負ける。でも、私がキングならハイネはこんな賭け方はできないはず。ハイネは自身のカードがエースだとは知りようがないのだから)

 だから理屈から言えば、勝利はほぼ間違いないのだが、それでも七十枚前後の大勝負は避けたい。他のポーカーのように、己の手札を見た上での勝負じゃないと不安を拭いきれない。

 果たしてハイネの反応は。

「そうですねえ。本音を語りますと、コインの積み合いは不利だと承知しておりましたが、あなたの胆力や覚悟の程を量るために、敢えて申し出てみただけのことでして……」

 言いながらコインを積むハイネ。その枚数、六。

「私も降りる気はさらさらなく、レイズには応じますんで、ここで勝負と参りましょう」

「もちろんいいわ」

 神内が返事すると、「ようやくまとまったかい」と、比較的長めに待たされたゼアトスがあくびをかみ殺した風な口ぶりで言った。

「ではオープン」

 合図とともに、二人はそれぞれ自身の手札を額から降ろし、見た。

「え」

 神内の口から驚愕の思いが勝手に出る。彼女のカードはダイヤのキングだった。

「やはり、エースでしたね」


 つづく

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