第325話 趣の違うポーカーでゆさぶりを
「当然、カードチェンジはなしかい?」
「ありません」
「先ほどの君みたいにカードを落とした場合はどうなる?」
「それは……反則負け、ですね。自らのカードを見ようとする行為はインディアンポーカーでは反則です」
ゼアトスの言葉によってはからずも気付かされた。毛色が変わっているからと、インディアンポーカーを洗濯したのは迂闊だったかもしれない。用心しなければ。
「ハイネ君から質問はないね? では配るとしよう」
裏向きに配られた一枚を、神内は慎重につまみ上げ、しっかりとホールドした。仮に最前の勝負時みたいに親指に痛みが走ったとしても、絶対に放すものかと心に強く誓う。
そして相手の額の少し上に視線を向けた。
(スペードの8か)
強くも弱くもない、真ん中辺りの数。こういうのが最も迷う。
他の判断する材料としては、ハイネの反応しかない。こちらの掲げるカードを見てどう行動するのか。
(表情の変化はほぼ期待できそうにないから、賭けるコインの枚数が一番当てになるかしら。でも、今回先にベットするのは私の方なのよね)
先に賭けるとなると、執れる手段は大きく分けて二つ。様子見で一枚だけにするか、「おまえのカードの数は低いんだぞ」と思わせるために多めにベットするか。これが基本と言えよう。
(初っ端からはったりをかませば、読まれにくい気がする。残りの対戦でも相手を惑わせる煙幕になる)
神内はそう分析した。いや、分析と呼べるほどたいそうな段取りは踏んでいない。多くのコインを賭けるための理由付けがしたかったのかもしれない。
「さあて、いくら賭けるのかな?」
「十枚」
短く言って、参加料の横にコイン十枚を置いた。
ゼアトスは何も言わずに、ただうなずいた。ディーラーの役目をちゃんと心得ている。
ゼアトスからは神内とハイネ両者のカードが見えており、どちらがより大きな数なのかをすでに把握済み。だから勝っている方がちびちびと賭けたり、負けている方が大胆に行ったりするのを見て、素人ディーラーなら笑ったり口出ししたりと余計な反応をしそうになってもおかしくないのだが、ゼアトスはしっかり役割を果たすようだ。
とはいえ、神内はわずかに期待もしていた。
(十枚と言って出しかけたときに、ゼアトス様の顔に何らかの変化が現れるかもしれないと思って、見ていたけれども……何にもなかったか。さすが、ゼアトス様と言うべきところね)
改めてハイネの様子を窺うことに神経を集中する。
例によって三十秒間を考える時間に充てた死神は、「同額で応じるのもつまらんでしょう」とぼそぼそっと言って、金貨十一枚を出してきた。
(これは――初めて積極的に勝負に来た?)
ある種の緊張感から鳥肌が立った。神内は迷わされることになる。
(わざわざ上乗せしてきたのは、勝つ自信がある、つまりそれだけ私のカードが弱い? けれども、相手を降ろすときの常套手段でもあるし。ブラフじゃないとしたら……私のカードが1~4辺りなら、一気に十五枚ぐらいまでつり上げていいように思える。一枚だけ上乗せしてきたのは、私も中途半端な強さのカードなのかも。5~8ぐらいの。もし当たっているとすれば、ハイネは8なんだからよくて引き分けか……)
弱気が顔を覗かせると、ついそちらの方に思考が引っ張られる。差は六十枚以上ついているものの、あとのことを考えて、ここは一枚でも損失を少なくするようにしよう、との結論に達した。
「降ります」
そう宣言すると、ゼアトスが意外そうに目を丸くした。
「何だ、あっさりしてるね。君の方が上だったのに」
「え? あ、そうなんですか」
勝っていたと言われてしまったと思ったものの、ショックを隠すことに努める。自分の持つカードを下ろし、確認しながら、これくらいは想定内だと振る舞う。
そのつもりだったが。
「キング?」
無意識の内に小さく叫んでいた。
(私のキングを見て、ハイネはあんな淡々と一枚上乗せできたというの?)
驚きの目で相手を見ざるを得ない。
「8でしたか。これは運に恵まれました」
同じく自身のカードを確かめたハイネは喜びを表すでもなく、単調な事務作業をこなすかのように手にした8をゼアトスへと返した。
「君も早く返してくれたまえ」
神内はゼアトスにカードを渡し、奥歯を噛み締めた。
「次で第九戦だ。この対決で初めてハイネ君がゲームのタイプを指定する訳で、楽しみだね。どうする?」
「えーそれでは験をかついで今のと同じゲームと参りましょうか」
「インディアンポーカーだな。よろしい、歓迎するぞ。配る枚数が少なく、チェンジがないから私も楽だ」
ゼアトスは少しだけ声を立てて笑うと、すぐに表情を引き締め、カードをシャッフルした後、配った。
神内ははやる気持ちを抑え、ゆっくりとカードを手に取り額に掲げる。前を見ると、ハイネはそんな神内よりもさらにスローモーに、テーブルに置かれたカードの裏面をじっと見つめてから、ゆるゆるとした所作でカードを摘まみ、額にかざす。
(――ダイヤのエース!)
つづく
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