第79話 予定と違うが進展するなら

 アパート前で降ろしてもらい、礼を言って見送った。

 きびすを返したところで、視界に急なフレームインをしてきた人影一人。思わず、身体がびくっとなった。

「――刑事さん。びっくりさせないでくださいよ」

 三森刑事だった。今日も一人のようだ。

「失礼。遠目からお声掛けして、『あ、刑事さん!』なんて返事されたくないものですから」

「え、何でです?」

「第三者が見て、『あの人刑事なんだ』と知られるのは好ましくない」

「じゃあ、ドラマなんかで警官が刑事に敬礼するのは……」

「事件現場でならまだしも、普段、往来で刑事に敬礼する制服警官はいないはずです。まあ、今ので岸さんが警戒を怠っていないのが分かりましたよ」

 表情を若干緩めると、「今日は簡単な報告だけなんで、手短にここで済ませます」と続けた。

「早速、進展がありました?」

「まず事件としての扱いは、現段階ではまだ渡辺の証言の裏付けという形になります。具体的に別の犯行を示唆する何かが出れば、可能な限り速やかに対応します」

「はあ」

 やはり、いきなり別の事件として捜査開始なんてことは難しいようだ。

「それから、渡辺が部屋に入ったことは間違いない。提出してもらったごみの中にあった厚めのナイロン袋から、奴の指紋が出たので。他の人物については、まだまだこれからになるかと。それでですね、他と区別するために、なるべく早い内に岸さんの指紋を採らせていただきたい」

「それなら今すぐにでも大丈夫です」

「怪我や体調は?」

「病院は明日、行くつもりでいます」

「それなら今日、済ませときますか」

 こちらへと案内された先はアパートから道一本挟んだ反対側の区画の路地で、くすんだ白のセダンが駐車してあった。運転席には、陣内刑事が乗っていた。三森刑事から指紋採取の件が伝えられる。

「お一人じゃなかったんですね、三森さん?」

 促されて後部座席に入る。隣に三森刑事が座った。私の言葉に応じたのは、陣内刑事の方だった。

「どうも。念のため、あなたのアパートを伺う不審者でもいないかと見張っておったんです」

 本当なのかどうか、そんなことを言って彼は車を発進させた。これから捜査本部の置かれている署まで行き、そこで指紋を採るという。

「タクシーじゃないんで、帰りはご自分でということになるかもしれませんが」

 出発する前に言ってほしかった。でも捜査を進めてもらいたい気持ちの方が強いし、指紋採取の必要は絶対にあった。遅いか早いかの違いだ。

「おい、三森。全部伝えたか?」

「いえ、まだ途中でした」

 いきなり刑事同士の会話が始まり、正直びびった。

「時間の節約だ。今、伝えといて」

「分かりました。――岸さん、他にも伝えるべきことが一点残っていまして」

「はい」

 何だかかしこまってしまう。シートベルトのおかげで、首から上だけ隣の三森刑事に向ける。

「渡辺の指紋が出たナイロン袋には、唾液や皮脂も付いていた。それがどうも顔に押し付けられた結果のようで」

「えっと、ナイロン袋を顔に、ですか。何のために? 誰が誰にやったんでしょう?」

「やったのはまだ何とも。押し付けられたのはあなたじゃないかと」

「……全く記憶にない……」

 覚えていなくても恐怖が沸き起こった。窒息死させるためなんだろうということが、容易に想像できた。


 つづく

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