第80話 もしかして同性が好きと違う?

「無論、違う可能性も残ってます。で、現段階でDNAどうこうっていうのは難しいんですよ。時間とか費用とかの面から。そこで折角来られるのであれば、検証のために、同型のナイロン袋をあなたの顔に当てる、なんてことはやっても平気ですかね。トラウマとか……」

「記憶にないから平気だと思いますが。トラウマとは無関係に、やられたら普通に恐ろしいかも」

「口元には穴を開けておくので、呼吸ができなくなることはないですよ。そもそもそんなに強くはやらない。袋に残る痕跡とあなたの目鼻立ちとの位置合わせ、型取りみたいなものだと思ってもらえれば」

「了解しました。やってください。別個に事件が起きていたなら、是非とも解決してもらって、安心したい」

 害が及ぶ範囲は、自分の身一つとは限らない。ひょっとすると天瀬にも関係しているかもしれないのだ。とことんまでやってもらおう。


 警察での用事が済み、さてどうやって帰ろうかと財布の中身と相談に入った。今いるここがどこなのか、住所的にどれくらいアパートから離れたのかはっきりとは分からない。歩くにはしんどいがそこそこ近い距離なら、タクシーを呼ぶのだが……と、ロビーの片隅にある公衆電話機の前で逡巡していると、

「送りますよ」

 という三森刑事の声が後ろからした。

「いいので?」

「あなた、怪我人だし、何者かに狙われている可能性が残っているのに、お一人で帰して何かあったら、警察の失態と叩かれますからね」

「でも捜査が」

「元々このあと、帰る予定だったので、そのついでですよ。名目が足りなければ、お宅の周辺のパトロールってことにしときましょうか」

「どうもすみません」

 ありがたい話で助かるが、好意的すぎて気味悪いくらいだ。……同性愛の人じゃないだろうな。悪いけど自分も岸先生も恋愛対象は女性のみだよ。

 などと妙な方向へ想像を働かせていると、三森刑事は「内密で尋ねたいことがあるので、車の中で」と言った。なるほど、そういう事情か。

 ここへ来るときに使ったのは捜査用の車輌だったらしく、これから乗るのは刑事さん個人の車とのことだった。スポーツカータイプ、メタリックなグリーンのボディで結構目立つ。少なくとも張り込みには向いていまい。

「必要があればシートの位置、変えてかまいません。ただ、あとで元の位置に戻せるように覚えておいてください」

 恋人がいて乗せることがあるんだろうな。助手席の位置が前と違っていたら、その彼女さんから疑われるというわけだ。冗談めかしてこのことを言ってみようかと思ったら、三森刑事が口を開くのが早かった。

「岸さんが指紋を採られている間に、新たに分かったことがあります。運転しながらですが、聞いてください。他言無用で」

「お願いします」

 結局、シートの位置はそのままにしておいた。

「まだ掴んだばかりなので、一応、非公式見解ってことで。モジュラージャックのコードですが、指紋などは出なかった。拭き取った痕があって、その上から岸先生のものと思しき指紋が四つほどあったのみ。なので、何者かが壊した上で、全体を布状の物で拭ったと考えられるのですが、ここで確認。岸さん自身がコードを拭いてはいないでしょうね?」


 つづく

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