第352話 見た目と違って海千山千

「杉野倉さん、ごまかさないで。ここへは具体的に目当てがあって来た、違いますか?」

 私は気持ち、口調をきつめにして相手に明確な返事をするよう求めた。

「……はい、その通りで」

 逡巡らしき間は一瞬だけで、あっさり認める。それはそれで手間が省けて助かるんだけれども……変に素直過ぎるんだよな、この人。初対面時も、私が責めようとしても、簡単に非を認めることで、やんわり逃げられた感触が残ったのを思い起こす。

「あの京都でお会いしたあとのことです。社で、上司から休暇中の行動を問われまして、休みの間もプロとしての目は働かせていましたよアピールを、つい、やってしまいました」

「それってつまるところ……」

「天瀬美穂さんのことを話したんです。もちろんお名前は出しませんでした。その分、天瀬さんのよいところをオーバー気味に伝えたんですが、そうしたら『そんな逸材を一度拒まれたぐらいですごすごと引き下がって帰ってくるとは何ごとかっ』とこう来まして。それで折を見て再アタックしてこいと」

 上司命令で仕方なく来たというわけか。まあ立場は分からなくはない。ただし、話を全面的に信じれば、だ。この杉野倉なる男、とぼけたふりして実は結構なやり手なのではないかしらんと疑いたくなってきた。

「あの子の住所がどこなのか分からないのに、どうやって会うつもりだったんです?」

「それはあのときにお話ししました通りでして。校章を鮮明に記憶していましたので、なんていう学校なのかを突き止めれば、あとは足で稼ぐしかないです。校区内をしらみつぶしに歩いて回る。比較的少ない名字なので、一度見付ければほぼ決まりでしょう。電話帳に名前が出ていれば、もっと楽なんですけれどね」

 歩き回る作戦を採るのならそんな暑苦しい格好をせず、ワイシャツにズボン、ジャケットは腕に下げてでいいんじゃないか――と、私が指差そうとすると相手も察したらしく、「あ、これですか」と自分自身を見下ろした。少々常識離れした出で立ちであるとの自覚は持っているようだ。

「一週間ほど前から極度の冷え性になりまして。自律神経がやられたのかと思いましたが、仕事でのプライベートでもそこまで強いストレスは受けてないので、多分、生活習慣の乱れだろうと言われました。筋肉量が落ちたのも関係しているらしいです」

 一種の病気だったのか。

「それはお大事に」

「どうもご丁寧に。仕事には差し支えがないので、こうしで出張ってきたんですが」

 本当に支障はないんだろうか? 冷え性だからといって夏場にここまで厚着する人は、見た記憶がない。

「冷え性でももうちょっと何とかしないと、真夏にその姿は、一歩間違うと変質者だと思われかねませんよ。通報されても文句を言えないかもしれない」

「はは、一言もないです。途中まで電車で来たんですが、冷房がきつくて。車を転がしてくるのは気力が持つかどうか、自信が持てなかったし。ああ、車と言えば」

 杉野倉は一瞬、時間を気にするそぶりを見せたが、おしゃべりは止まらない。

「岸先生に見付かってしまったのでぶっちゃけますが、特定のお子さんを見付けるのって、学校がある時期なら割と簡単なんです」

「と言うと?」

「学校の校門の近くで待ちます。下校時間帯、車を停めて車内から」

 なるほど。単純だが成功確率は高いだろうな。

 ……渡辺弟や坂田がそのやり口を使ったとしたら、非常にまずいんじゃないだろうか。学校が始まる九月からは特に注意が必要になりそうだ。死神と一緒に、天瀬の夢の中に登場したっていうのは何かを示唆してるのかいないのかよく分からないが、襲撃予告的な行動の一端か? もしかすると、天瀬宅がどこにあるのかを知らないであろう渡辺弟たちに、死神ならいつでも教えてやれるという脅し? もし当たっているとしたら、死神は場外戦がよほどお得意のようだ。

「それで、岸先生がここにおられて、天瀬美穂さんの話題をいきなり出されたということは、天瀬美穂さんのお宅がこの近くにあるということでしょうか」

 杉野倉からの問い掛けに、現実に引き戻される。

 ていうか、彼の言い種から推して、まだ天瀬の家がどこなのかを突き止めるまでには至ってなかったのか! てっきり、もう見付けて向かっているところだと思い込んでしまっていた。

 虚を突かれた思いから、動揺ぶりが表情に出てしまう。そんな恐れを抱いた私は顔を手で撫でる動作を急いでしたが、杉野倉の目はごまかせなかった。

「どうやら正解みたいですね。これまでの苦労が報われます」

 仕事用のスマイルに磨きが掛かり、最上級の“にっこり”をする杉野倉。私は「いや違う」とぼそぼそ声で否定してみたが、相手は聞く耳を持たない。

「岸先生は何も悪くはありませんよ。先生とここで会えていなくても、一軒ずつ表札を見て歩くだけですから、いずれ見付かります」

 確かに彼の言う通りだ。こんなに執念を燃やしてまで、タレントの卵を見付けようとするなんて思いも寄らない事態と言えた。ある意味、感心させられる。


 つづく

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