第424話 予告と違ったけれども

「嘘をおっしゃい。もし本当なら、最後に6を残すはずよ」

 神内が静かに言った。口調の方は極めて冷静なようだ。

「ああ、それが理屈というものだ。だが、こっちもいい加減ピンチになってきたのでそうも言ってられなくなった」

 私は手のひらでサイコロの転がる感触を見ながら、話し続けた。何とかして6の出る確率を高くなる投げ方を探っているのだ。いや、やり方なら、前に神内とやり合ったときに実行して効果のあった、出したい目を上にして持ち、横回転のみを意識して投げるのが有効に違いない。神内の足場が二つになったことで、私の今後の攻撃ではサイコロ一つしか投げられなくなったわけだし、イカサマ投法をするのにはちょうどいい。

 問題は、升という狭い空間に収まる動作で、それをやりおおせるかどうか。外から見えるようだと、即座に神内がコピーして、同じく6を出せるようになるはず。その難点を回避したいんだが、妙案は浮かばないでいた。

「そこまで言うのなら、6を出してもらおうかしら。二分経過までまだ少々あるけれども、いつでもどうぞ。受けて立つわ」

「いや、もうちょっと……」

 神内の挑発的な物言いを聞き流しつつ、考え続けた。次の瞬間、これはと思えるアイディアが降りてきた。はっきり言ってここまでの流れをぶった切る、だまし討ちになるが、これが一番の安全策だし勝負事なんだから許されよう。

 私は両手で隠すようにしてサイコロの目を確かめると、そのまま右手で包んだ。

「よし、行こう」

 右腕をほぼ水平方向に振りかぶり、小さな円弧を描く軌道で、前方の升を目掛けて動かす。サイコロの“リリースポイント”が升内に収まるよう、慎重にタイミングを計った上で放った。

 あとは手のひらで練習したことが、うまく再現できればいい。

 投げ終わった私が手を合わせて拝む間もなく、サイコロは乾いた音を立ててすぐに止まった。

 升を上から覗く。1が出ていた。

 その様を見て神内が「あらあら?」と嬉しさに満ちた黄色い声を上げる。足場1が沈んでいくが、きっちり対応して片足立ちになりながら、おしゃべりが止まらない。

「話が違うようですけど? 私には出目が1に見える」

「その通りだ」

 私は落ち着いて応えた。

 事実、まったく焦ってはいなかった。何故なら、思惑通りに1の目が出てくれたから。むしろ、大成功で跳び上がって喜びたいくらいなんだが、今の状況でそんな真似をすれば海に転落間違いなしなので我慢する。

「敢えて1を狙って、首尾よく出てくれた。ほっとしている」

「6を出すという宣言は?」

 怪訝そうに眉を寄せ、神内が問うてくる。

「あれは……油断させるための適当な言葉だ」

「その程度で油断なんてしないことくらい、承知でしょうが。私が思うに、6を出してその投げ方を私がなぞってみせることを警戒したんじゃないの? 1なら、私が元々出せると言っている目だから、投げ方をなぞられても大勢に影響なしと踏んだ。違う?」

「……済んだことだ。ノーコメント」

 前言を違えたことを非難してくるかと覚悟していたが、神内にその気配は見られない。やいのやいの言ってこないのは、実害がなかったことに加えて、神内自身も盤外戦や駆け引きを許容し、楽しんでいるからかもしれない。

 とにもかくにも、足場一本まで追い詰めた。あとは次に攻撃権が回ってきたときに、1を出したのと同じやり方で6を出せば勝利だ。そううまく行くかどうか確証はないものの、足場二つ分リードを保っている余裕が、状況を楽観視させる。お互い一度に一つのサイコロしか振れないため、一気に追い付かれることは起こり得ないのだ。

「さて、どうしようかしら」

 6の足場にバランスよく達ながら独りごちる神内。背筋をしゃんと伸ばし、適度に緊張、適度に脱力しているらしいその姿勢は、ヨガか何かを思わせる。

「運任せだから接戦になったり、一方的になったりすることは当然あるだろうけど、こうも早く残り一本になったのは想定外だわ。サイコロを振れる全体の回数を消化する前に終わりそうじゃないの」

「そうなるかもしれないな。後攻側を一回多くしたのも、結果的に無意味になる」

「率直なところを聞かせてもらいたいんだけど、次に振って6を出せそう?」

「分からないな。6を出そうと狙うのは当然だが」

「さっき1を出した投げ方を踏襲するのね?」

「あ、ああ」

 ここを認めていいのかどうか、何となく嫌な感じがしたが、容易に察しが付くだろうし、隠してもしょうがない。

「そうなると三回続けての失敗を期待するのは、ちょっと望み薄そうね」

「私の攻撃についてしゃべらせようとばかりしないで、そちらの策を聞かせてもらいたいね。嘘やはったり込みでもいいから」

 この最後のフレーズは挑発を意図したのではなく、己の心構えを自らに改めて言い聞かせたもの。どんなに有利でも、油断できない。サイコロの出目や足場の浮沈とは無関係に、落下すれば負けなのだ。

「そうねえ、奥の手を出そうかどうしようか、悩んでいる」


 つづく

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