第203話 違えようのない現実

「それって例の神様的な奴が言ったの?」

 いささか批判的な口調で六谷は聞いてきた。その批判が神様に向いているのか、私に向いているのかは……五分五分かな。

「そうだ。具体的にあといくつ残っている、なんて話は出なかったが」

「信用していいのかなあ」

 グラスの中の氷を口に含み、がりがりと噛み砕く六谷。

「昔のアニメなんかでよくあった気がするんだけど、この人は何で相手の言葉をまったく疑わずにいられるんだろうって、いらいらしたことない? 未来だの異世界だのからやって来たと称する人物が、こっちの世界の真っ当な一般人、それも小学生かせいぜい高校生ぐらいまでの子供を相手に、ピンチだから力を貸してほしいとかあなたは選ばれし者だとか声を掛けて、その気にさせて。ていのいいただ働きだよ。じゃなきゃ神隠し」

 小学生が語る内容ではないんじゃないかと、苦笑を禁じ得ない。口元を手の甲で拭ってから応えた。六谷が話をどう展開したいのかが何となく分かったので、予防線を張りつつ。

「言いたいことは分かるし、同意できる部分もあるよ。まあ、超常現象的な不思議な能力を見せつけられるからとでも解釈するしかないんじゃないか」

「じゃあ、先生はその神様的存在を信じるのか信じないのか、どっち?」

「イエスかノーで応えろというのなら、イエス。ただし、過去に送られたという事実だけで、信じてるわけじゃないぞ。今の段階では信じるしかないだろというだけ」

「それはまあそうなんだろうけど」

 釈然としない様子の六谷は、「お代わりしてくる」と空にしたグラスを掲げ、席を立った。私も続こうか迷ったが、一気に飲み干すにはグラスにまだ半分以上残っていたのでやめた。

「たとえばさ」

 戻って来るなり始めた六谷。手にあるグラスの中身は緑色。メロンソーダらしい。

「岸先生の方はとっくに使命を果たしている。だけどそのことを告げずに、僕の御守をさせているなんてことはないかな」

「それについては向こうから言及があったな。このあとの使命を果たすには、僕と君とが協力し合っていかないと難しいだろう的なことを言われたよ。もちろん、僕にもやるべき使命は残っているという前提で、だが」

「うーん。まあ、もういいや。いつまでもこだわっていたって仕方がない。建設的じゃないってやつだね。質問はこの辺で一区切り? 僕としては何が僕にとっての使命なのかを知るために、先生の事例を根掘り葉掘りしたいんだけど」

「そうだな。ひとまず区切りとしてくれ。これから僕の話す内容が、今言った六谷君の使命に関わってくるかもしれないし」

「そういうことなら、大人しく聞くよ」

 グラスから手を離し、六谷は使い捨てのおしぼりで手のひらを拭いた。聞く準備を整えたってところか。

 私は深呼吸をして意を決し、話を始めた。

「最初に念押ししておく。話を聞いて驚いたり嘘だと思ったりしても、やいのやいの騒がないでほしいんだ」

「何か怖いな」

 微苦笑を浮かべる六谷。

「でも承知の上、覚悟の上だよそんなもの。他人に聞かれたら辺に思われるに違いないってのも分かってるから、できるだけ声は小さくしているつもりだしさ」

「その心構えで頼む。――今さら言うまでもないけれども、僕は六谷君がいた時代よりもさらに少し先の時代から来ている。つまり、君の知らない未来のこともある程度は知っているというわけだ」

「うん、当たり前だね。先生は僕にとってもえっと八年か九年分だけ、未来人だ。はは」

 私に接触してきた当初、六谷はタイムマシンが開発されたのかもしれないと望みをかけていたのだから、理解していて当然か。それでもこの前置きは、話を信じてもらうための確認の意味で必要だったろう。

「こちらに来る直前の六谷君は二〇一一年の元日までいた」

「多分、元日の早朝ね」

「そのあとのことは何も知らない、何も体験していない」

 どうもいかん。勿体ぶるつもりは全然ないのだが、いざ話すとなると気が重くなってきた。とてつもない重量の荷物を背負わされた心地がする。

 私はもう一度深呼吸した。

「その二〇一一年の三月、東日本一帯は未曾有の大災害に見舞われるんだ」

「な、何か唐突だな」

 笑顔を強ばらせた六谷は、メロンソーダを口に運んだ。

「三月のいつよ、先生」

「三月十一日昼三時の少し前。強大な地震が発生する」

「……強大ってどの程度。阪神淡路大震災クラス?」

「単純は比較は難しいだろうけど、犠牲者の数でいうと阪神淡路大震災を凌駕してしまう。僕も正確な人数は記憶していないが、桁が一つ違うのは確かだ」

「桁が違うって……万になるのか」

「東日本大震災と呼ばれるようになる」

「――ちょ、え、ちょっと待ってよ。東日本てどこからどこまで? 関東圏? 東北を含む?」

「青森まで含む東日本だ。被害は東北が中心で、関東圏は比較的ましだったと言える」

「ていうことは」

 六谷の顔色が、すーっと青ざめていったように見えた。そのあとの言葉を継ぐことができないようなので、私が敢えて言ってやった。

「そうなんだ。前に君が言っていた彼女、九文寺薫子さん。その子の実家は宮城県と言っていたのが気になってね。宮城のどこか分かるか?」

「I市……」


 つづく

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