第151話 同年代だけど感じる世代の違い

 何らかの面白い仕掛けでもあるのだろうか。パッケージ付きでは分かりにくかったが、取り出してみるとコイン単体でも案外、重みが感じられる。パッケージには特に使い方の説明は見当たらない。軽く振ってみた。が、メカニカルな物が中に組み込まれている風ではない。これはコインの材質のみの重さか。

 正直、何かの役に立つでもなく、遊べるでもなし。子供達を惹きつける要素が匂ってこないのだが、御利益があるという神秘性のみで人気を博しているのだろうか。

「運転手さんはこのコインのこと、ご存じでした?」

 同じ大人が知っているのか、どう感じるのかを知りたい。そう考えて、横断歩道の手前で停まり、歩行者が渡るのを待つ間に聞いてみた。

「さあ、初耳ですね。私には中学一年になる娘がいますが」

 白髪の目立つ、初老と思しき男性運転手はコインを一瞥しただけで、また前方を見据えた。どことなく淋しげな笑みを浮かべながら続ける。

「あまりかまってやれてないのもあるかもしれません。それとも、一年違えば、流行り物も全く異なるのでしょうかね」

 そして車は再スタート。私は礼を述べてから、改めて天瀬と六谷に聞いた。

「どういういきさつでこのコインは流行ったんだ? 御利益は別としてだ」

「別にしちゃったら何にもならない」

「だったら仕方がない。御利益を含めてでいいから、教えてくれないかな。知っておいた方がよさそうだ」

「実際に経験した人がたくさんいるの。最初は化粧品会社の社長さんで、車のブレーキ故障で崖から落ちそうになったけど、助かったって。そのあと、社長さんの知り合いの女優さんが舞台恐怖症になっていたのが、コインを身に付けたおかげで克服できた」

「つまりあれか? 有名人がコインのおかげで助かったとか幸せになったとか、そういう話があるんだな」

 胡散臭さを感じつつも、人気が出た経緯は理解した。

「うん。ただ、売り切れるまでになったきっかけは、その次だよ。女優さんの知り合いで、お笑いタレントのモリオとカサマって知ってる?」

「名前は聞き覚えがある」

 知名度はそんなに高くなく、一般受けする芸人ではなかったと思う。それでも何となく記憶に残っているのは、わざとなのか偶然なのか、著名な男優の名前を連想させるコンビ名だからだ。

「その森尾の方が大きな借金を抱えて解散危機だったのが、コインの話を聞いて気休めに身に付けていたら、宝くじか競馬で当たって謝金返済、解散しなくて済んだって。その上、笠間まで片思いの彼女と付き合うようになって、結婚したって」

「できすぎだな」

「だって、しょうがないよ。事実なんだもん」

 タクシーが停車した。目的地に着いていた。

 天瀬は他にも事例を列挙したいようだったが、とりあえずこの話題は一旦打ち切りだ。

 下車してから合流地点に向かう短い道中、天瀬に話し掛ける。

「分かった。そんな貴重な物、もらっていいのか。自分で身に付けておけばいいだろう。それか、人にやるにしても、先生なんかじゃなく、もっと親しい――」

「だからー、恩人の岸先生にもらってほしいのっ」

 何で分かんないのかな、と小声で付け足す。

 その様子が何だか愛らしく思える。彼女が将来の嫁だと知っているせいだろう、「これは私のことちょっと好きになっているんじゃないか」、なんて勘違いしそうになった。もちろん、今の私は岸先生のなりをしているのだから、将来どうこうとは全く関係ない。

 私はコインをひとまず手帳の折り返しカバーのところに挟み、胸ポケットに仕舞い込んだ。


 イレギュラーな出来事は多少あったものの、結果的にはスケジュール通りの進行になっている。

 昼食を挟んで午後からは大阪に移動し、そのまま某劇場に入って劇とショーを観覧。お堅い内容なら居眠りを心配するところだけれども、関西ならではのお笑いだから子供らは寝ようがない。むしろ、関西系ののりが苦手な先生にとって、ちょっとした苦行の時間になったかも。

 ちなみに、京都のタクシー内で話題に上がったモリオとカサマは出ていなかった。「残念。最前列でコインを手に振ってみせたら、きっと拾って笑いにしてくれたのに」と、天瀬が変なところで悔しがっていた。

 観覧後は土産物コーナーに立ち寄り、それから本日の宿へ向かう。着いたところで、伊知川校長に呼び止められたので、流れを外れる。その顔を見た途端、あ、天瀬と六谷がはぐれたことをすぐに報告しなかったことを言われるんだな、と分かった。時間がタイトだったこともあって、大阪への移動中の報告となっていたのだ。

「すみません」

 先手を打って頭を下げる。

「うちのクラスで二人、班行動を一時的に外れた者がいたのをすぐにお知らせしなくて」

「いや、まあ、遅れたことはしょうがない。無事だったんだから問いませんよ。ただ、こちらも連城先生から連絡を受けて、一応、準備していたものだから、何ごともなかったのならすぐに知らせてほしかった」

「申し訳ありません」

「おかげで、抹茶パフェを食べ損ないましたよ」

「は? はあ……」

 校長のジョークがいきなり出ると、こちらは戸惑うばかりだ。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る