第297話 間違いなく流行ったか?

 一方、話を振られた長谷井はややたじろぐも、「うん、同感」と如才なく応えた。

「好きじゃなきゃ、ハンカチ拾っただけの相手に長々と話し掛けやしないって。その上、自己紹介までして」

「いや、それはあの子の目が赤くなっていたからだよ。詳しく自己紹介する気になったのも、九文寺さんが富谷第一小学校の児童だと分かったからだ」

「そんなこと言うの? 遠慮しないでいいのに。九文寺さんにはうまく説明しておくから。学校間の交流をもっと広げるためとか言って」

 にこにことにまにまの中間ぐらいの笑顔で、堂園を見つめる天瀬。

 しばらく身じろぎ一つしないで考えていた堂園だったが、程なくして結論は出た。

「しょうがないな。そこまで言うんだったら、教えてもらおうじゃないか」


             *           *


 天瀬、長谷井、堂園の児童三名を加えてのデート改めお出かけは、賑やかに進行した。さながら学校行事のバス旅行みたいに。

 当たり前のように私が行きたい場所は棚上げされ、子供達の希望が優先された。といっても、アミューズメントビルの中をぐるぐる巡るだけで、これといって特記するようなこともなく終わった。その間、昼食代は私が払い、三時のおやつとして入ったコーヒーショップでの支払いは吉見先生が持ってくれた。ついでに言うと、ガソリン代の半分は私が出したが、これは最初から考えていた通りだ。

 夏という季節柄、まだ夕方とは呼びづらい午後四時を過ぎて、この辺りで切り上げようということになり、天瀬らを各家庭に送り届ける。

 最初に堂園宅に着いた。包装紙のおかげで中身は分からなかったが、科学館で大きな買い物をした彼は、その箱を抱えたまま別れの挨拶をした。

「降りていって、もう一度挨拶した方がいいかな?」

「電話してくれてるんでしょ? だったらいいよ。二度と会えないってこともないだろうし」

 堂園は私に対してそう言ってから、後部座席の長谷井に顔を向けた。

「委員長、同窓会開くときは、忘れずに招待状送ってくれよな」

「僕が幹事をやるとは限らないけどな。忘れないように伝えるよ」

「頼んだ。じゃ――天瀬さんも長谷井も、誘ってくれてありがと。楽しかった。先生達、何か邪魔してタクシー代わりにしてごめん」

 それだけ言うと、こっちの返事を満足に待たずに、たたたたっと自宅の方へ駆けて行った。

「出発していい?」

 吉見先生が後ろの二人に声を掛け、確認を取ろうとする。

「大丈夫だよ。七月いっぱいはいるって聞いてるから、まだ会おうと思えば会える」

 ドライなのかウェットなのか分からんな。

 続いて長谷井の自宅前に到着。事前連絡の電話が通じなかった(留守番電話には声を入れたが)ので、ここでは私が車を降りて、ご挨拶をしておいた。

「はい、留守電の内容、聞きました。お世話になりまして、ありがとうございます。ご迷惑ではありませんでしたか? もし仮にご迷惑だとしても、学校の評価には響きませんよね?」

 長谷井の母はご子息の成績を気にしているが、当然のことだろう。私が影響はありませんと請け負うと、ほっとした顔つきになった。

 長谷井家では私立中学を受けるか否かを迷っていて、次の面談でそろそろ指針を示す頃合いだ。私は実際には二ヶ月ほどしか彼らの先生をしておらず、それだけでアドバイスをしたり判断を下したりするのは難しい。学力的には志望校の合格ラインに達しているようなんだが、六谷に前もって聞いたところでは「最初の二〇〇四年のとき、長谷井は普通に公立に進んでたよ」とのことだった。だから面談では、受験を希望する風向きになっても、公立進学を勧めるつもりではあるが、長谷井が最終的に受験しなかった理由が何なのか気になる。天瀬と同じ学校に通いたいから、なんてことかもしれない。

 最後の一人になった天瀬は家までの道すがら、私に聞いてきた。

「先生、修学旅行のときに渡したパワーメタルコイン、どうしてます?」

「パワー……」

 日常的でない単語を唐突に出されて、すぐには思い出せなかった。こういう場合、子供の反応は早い。

「えー、忘れたの? お守り代わりだって言ったのに」

 その非難の言葉で記憶が鮮明になった。金色のボタン電池みたいなあれね。

「いやいや、覚えてるよ。パワーメタルコインな。どうしてますって言うのはどういう意味で聞いてるんだ? 大事にしてるぞ」

「まさか、机の抽斗とかに仕舞い込んでいるなんてこと、ないよね?」

「もちろんだ。お守りなんだから、身に付けて持ち歩いているさ」

 答えながら一瞬、不安に駆られた。いつもなら教師としてきていく上っ張りは決まっているから、そこの胸ポケットに入れておけばいいが、今日は普段とは少し違う服装……今朝方のことを思い返して、お守りも手帳ごと移したと確信する。

「疑うんだったら見てみるか?」

「ううん。肌身離さず持っているんだったらいい。特別な用事もないのに、無闇に外に出したら御利益が薄れるっていう話もあるしね」

「おいおい、そんな条件は初耳だぞ。大事なことは教えてくれないと」

「今日から注意すれば大丈夫だわ、きっと」

 意外に軽い口調で言われた。

 正真正銘、御利益のあるお守りなら、天瀬自身に持っていてもらいたいものだ。降り懸かってくる危険を無事にかわしたあと、返してくれればいい。


 つづく

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