第296話 細かな差違はあれど
「ああ。まず、僕ら三人に展示を見る時間を少しでも多くしてやろうっていう親心、じゃないや、先生の気遣い」
自信を持って言い切った堂園。隣に立つ二人は揃って首を傾げた。
「そうなのかなー? さっき家に電話していたとしても、せいぜい三分程度でしょ」
「もちろん、別の理由もある。そっちの方が大きな理由なのかもしれないぜ」
したり顔になる堂園に、天瀬も長谷井も興味を引かれた様子で続きの言葉を待つ。
「さっきまで先生達の態度を見ていたら、吉見先生の方が上だったろ? えっと、主導権を取っているっていうか」
「それは当たり前なんじゃないか」
すぐさま意見を述べる長谷井。
「吉見先生の方が年上だし、ここに来るのに乗ってきた車も多分、吉見先生の愛車だろうから」
「誰もそれがおかしいとは言ってない。僕らの家に電話を掛けて連絡するという話は、吉見先生が持ち出して来た。つまり、電話は先生がしておくから早く行きなさいっていうのは、吉見先生の意思だ」
「それもどうなんだろう? 飛躍ってやつじゃあないのかな」
「いや、充分にあり得るって。はっきり言えば、吉見先生は岸先生と二人だけになる時間を作りたかったんじゃないか」
「え? まあ確かにさっき、連れて行ってと頼んだことは私達が邪魔をした格好だけれども」
「そうだろ。このあと、二人だけになるタイミングがないと予測ができたから、今の内に時間を作ったんじゃないか。と、こんな風に想像したんだけどな」
「何のためによ」
天瀬がまっすぐに尋ねると、堂園は暫時、きょとんとして、それから目をそらした。
「全部言わせる気なの、天瀬さん?」
「だって分からないから」
答を求める天瀬の横で、長谷井が一つうなずいた。
「堂園君、先生二人が付き合っていると思ってるんだな」
「ああ、そうだよ。違うかねえ?」
「えー、それはないと思うけどなあ」
天瀬の声が大きくなる。おかげで、周りにいる他の来館者に注目されてしまったようなので、しばらくは静かにして観覧に意識を集中。そうしておいて少しずつ声の音量を戻し、会話の続きに入った。
「だめだよ、あんまり騒いじゃ」
「ごめーん。でも、堂園君の話があまりにもないわって思えたから」
「そんなにおかしい? 見たまんまの感想を言ったつもりだったんだけど」
先生達がいるであろう方角を振り返る堂園。もちろん、今はお互いに見える位置関係にない。
「だって、岸先生、前に柏木先生のことを気にしていたみたいだから」
「あー、あったね。僕らが五年のときから」
「それくらい自分も知ってるけど、その柏木先生が辞めたんだから」
「あら。じゃあ堂園君は、好きなタイプの人が近くからいなくなったら、すぐに乗り換える?」
「……場合によりけり」
堂園は答えながら身を乗り出し、展示物にことさらに意識を向けるそぶりをした。
(天瀬さん、告白したのをふっておいて、それ言う? まったく、こっちは最後まで協力してやろうと思っているのに~。そういや、さっきプラネタリウムが終わったあと、二人きりにしてやったつもりだったけれども、どうなったんだろう? すぐに岸先生達と顔を合わせてしまったのなら、たいして意味はなかったのかな)
ずっと気にはなっているが、聞くに聞けない状況が続いている。
(だいたい、何で今日、わざわざ誘ってくれたんだ? 二人で行けばいいじゃないか。お邪魔虫の役をさせておいて、何考えているのかさっぱり分かんねえ。……ま、そのおかげで新しく女子と顔見知りになれたんだけれども)
九文寺薫子の姿形を思い浮かべる。これまでに知り合った女子に比べて、どこがどう違うのか言葉で説明するのは難しい。強いて挙げるとしたら、比較的色白だという特徴があるが、今まで見知った女子に同じような色白の子がいなかったわけではないし。
(一目惚れってやつなんだろうか)
もやもやと考えている内に、展示コーナーの最後まで歩き通した。夏休みの宿題が実質的にない堂園にとって、観覧に身が入らなくても特段の問題はなかった。
長谷井と天瀬の二人は自由研究の参考にしようという意識は忘れていなかったらしく、ちゃんとメモを取っていた。
と、そのメモ書きから面を上げた天瀬が、ふと思い出したみたいに何やら目をぱちくりさせている。それから堂園のそばまで来て、囁き調で言った。
「そういえば九文寺さんの連絡先、知りたくない?」
「な――何が、そういえば、なんだよ」
いきなり踏み込んできた問いに、多少の動揺が出る。
ちなみにだが、九文寺薫子と連絡先を交換したのは女子の天瀬唯一人であり、長谷井と堂園の男性陣はその様子を大人しく見守るだけにとどまっていた。
「さっきほら、先生達の遠距離恋愛っぽい話をしたじゃない。その続き」
「遠距離恋愛の話とはちょっと違う気がする……」
「いいから。普段ならこんなこと直接聞いたりなんかしないけれども、堂園君はもう引っ越しちゃうんだから例外ね。九文寺さんをいいなって思ってるんじゃないの?」
「何だよ、唐突だなあ。そう見えたってか?」
「見えた見えた。ねえ、長谷井君?」
天瀬が長谷井の腕に触れた。その様を目の当たりにしても、堂園はさして悔しくは感じなくなっている自分を改めて認識した。
つづく
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