第462話 あの頃の少女とは違うけれど
「何て顔するのよ」
神内はまるで友達に接するみたいな調子で言った。
「不安がらなくても全然、大丈夫なのよ。あなたにもあなたのパートナーにも危害を加えるものでないし、捉えようによってはあなたにとって、悪いことではないと言えるかも」
「……良いことと言わずに、悪いことではないと表現する辺りが、気になります」
「うーん、そこは受け止め方次第かしらね。簡単に言えば、将来の選択肢を増やしてあげるっていう話なの」
「将来のって、今やっている勝負の、ですか」
「まさか。そんなことしても多分、人間側に有利になるだけでしょ。私が言っているのは、勝負が全部済んだあとの、天瀬美穂さん自身の将来について。私程度のレベルだと神様だからって、何でもできるわけじゃないんだけど、一個人に関するあまり重たくない事柄には、そこそこ融通を利かせられる」
「はあ」
「その力を使って選択肢を用意することで、あなたの愛情をテストさせてほしいっていうのが、私の要望」
「――はあ? な何のためにですか」
「面白そうだから……じゃないわね。天瀬美穂さん、あなたと貴志道郎との結び付きがどのくらいのものなのか、測ってみたくなった、と言う方が正しいかな」
「あの人とのつながりなんて、測るまでもありません」
神内が台詞を言い切らない内に、被せるように言ってきた。そのまま強めの口調で続ける天瀬。
「そりゃあ、今は周りに反対する人もちらほらいますけれども、全然、何とも思っていませんからっ」
「はいはい。そこまで自信があるのなら、要望は受け入れてくれると思っていい?」
「……分かりました。私も勝つために無理をお願いしている身です」
「じゃ、決まりということで」
言質を取った。神内はほくそ笑むのを隠しつつ、要望の詳細を話し始める。いや、要望について詳しく話すのは勝負のあとでも一向にかまわないのだが、今伝えることにより、相手の狼狽を誘えるかもしれない。神内もまだ、勝負を捨てたわけではないのだから。
「愛情を試す必要なんてない――当然よね、現段階で聞かれたらそう答えるのって。だけれども、過去に遡ったある時点で、別の出会いや好機が訪れていたとしたらどうかしら」
「えっ。それはおかしくないですか。さっき、将来のことだと言ったはずです」
「だから、あなたの将来に関わることを、過去の時点でテストしてみたいの」
「そんな。それって、今現在の記憶や、神内さんからテストされているって意識は持ったまま、受けられるんですよね?」
「そこまで甘いはずはない」
穏やかにしていた口調と顔つきを、ともに引き締めた。それはほんの一秒くらいのことで、じきに元の柔和な表情に戻す。
「今の記憶を保ったままだと、試練にならないでしょうが。あなたは意地でも貴志道郎との関係を維持する方を選ぶはず。――駄洒落を言うつもりはなかったのに。たまたまよ」
神内が付け足した台詞に、天瀬はきょとんとなった。少し間を置いて、「あ、意地と維持」とつぶやき、唇の端で微かに笑う。次いで、あきらめたようにため息をつき、肩を小さく上下させた。
「しょうがありませんね。私は昔の私を信じることにします。どんなことが起きようと、道郎さんを選ぶって。それしかないですもん」
「聞き入れてくれてよかった。話がまとまったことだし、勝負を再開しましょう。クライマックスにふさわしくテンションを高めて」
「あ、その前に」
天瀬が肩の高さにひょいと挙手する。
サングラスの位置を整えていた神内は、「まだ何かあるの?」と思わず、呆れ調子で聞き返した。
「あります。神様って、時間を遡って何かすることもできるみたいですね、今の話だと」
「ええ、まあ。言ってなかったかしら」
「きしさんの言葉で、何となく変だなと思っていましたが、神内さんのさっきの発言で確定した気がします」
「それで何が聞きたいの」
「時間を遡れる能力を、この勝負に使わないという保証が必要だなと感じたんです。当然の要求だと私は思うんですが、いかがでしょう?」
「なるほどね」
神内はまた愉快になってきた。あのハイネですら面白がったのが、よく理解できる。
「勝負が私の敗北で終わった場合に、時を遡ってやり直すなんてことをしたら、人間側は絶対に勝てないものね。いいわ、約束する。時間を遡る能力に限らず、勝負の結果を根本から覆すような能力は一切使わない」
「……」
天瀬から言葉の反応がない。ただ、サングラスを外して物問いたげに、じっと見つめてくる。
「何か不満でも?」
「神内さんが約束しただけでは足りません。別のところで闘っている死神のハイネさんについても、同じことを約束してもらわないと意味をなさない」
「そっかそっか。うん、ハイネについても約束しましょ。事後承諾になるけれども、彼も死神の誇りに賭けて、全体の卓袱台返しなんて真似はしないはずよ」
「それを聞けて、安心できました」
己の言葉を体現するかのごとく、胸に手を当て安堵する天瀬。その様を見ると、まるで少女の頃に戻ったようだった。
つづく
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