第206話 すでに違う過去

「どういうこと?」

 いぶかしげにこっちを見つめながら、聞き返してきた六谷。いつもに比べると勘が鈍いように見受けられる。感情の高ぶりは表面上は去ったものの、内面ではまだ続いているのかもしれない。

「だから今言った通りなんだが。九文寺さんと高校で知り合うよりも前に、どこかですれ違っていたなんてことは考えられないか?」

「すれ違っていたことを覚えていたら、初めて知り合ったのは高校入学してからだなんて言わないと思うけど」

「あ、いや、そこまで厳密な意味ではなくって。可能性の話をしているんだ。九文寺さんと高校で知り合ってから、二人の間でそれぞれの中学生、小学生のときなんかの話をしなかったかい?」

「そりゃ少しはしたような記憶はあるけど」

「その中で、同じ時期に同じ場所にいたとかなかっただろうか。まったく同じじゃなくてもいいんだ。日付が近いとか、隣町とか」

「覚えがないよ」

 そう答えつつも、六谷は上目遣いになって何か思い出そうとしているようだ。私の方も少し考えを押し広げてみた。

「じゃあ、もっと緩やかな条件ではどうだろうか。もしあのときこうしていれば、高校生になる以前に知り合っていたかもしれないね、という風なおしゃべりをした記憶はないかな」

 こう尋ねながら、あのことを話した方がいいのかどうかも考えていた。

 あのこととは、今の時代の六谷が九文寺の宮城の家に電話を何度か掛けたがために、九文寺薫子の関東転校につながったという流れだ。

 二〇一〇年から飛ばされて来た六谷にとっては、小中学生時代の九文寺薫子はずっと宮城にいたものと見なしているはず。関東に移ったのは受験のタイミングなども考慮に入れれば、中三ぐらいか。

 一方、天の意志の説明によれば、現在進行中の新たな二〇〇四年においてはもうすでに九文寺薫子は関東に来ている。

 この事実を今の六谷に伝えても混乱させるだけか、それとも……。

「そういえば」

 私の方の結論が出ない内に、六谷が何やら思い起こしたようだ。

「転校する可能性が一度だけあったと言っていたっけ。もっと早く、関東に出てくる可能性があったと」

「それはいつ? その話をしたのがいつかという意味じゃなしに、九文寺さんが転校した可能性があったのがいつか」

「確か、小学六年生に上がるタイミングだって言ってた。つまり二〇〇四年だね」

 おっ、つながってきたかもしれない。

「九文寺さんのお父さんの転勤が決まっていて、単身赴任にするかそれとも家族揃って引っ越すかで結構話し合ったらしい。迷った果てに自分達は宮城に残るっていう選択をした。もし仮にあのとき、引っ越しを決断していたら僕とももっと早く知り合っていたかもしれないねって」

 そうか。九文寺薫子にとって関東に早めに移る可能性があったのは、父親の転勤について行く、二〇〇四年春しかなかった。だからこそ、天の意志は六谷をこの時代に送ったのではないだろうか。

 六谷の無言電話により九文寺が本当に引っ越してしまうことまで、天の意志が予測できていたかどうかは分からない。

 六谷が九文寺薫子と知り合う高校一年のときよりも前に、二人が顔を合わせ、六谷から彼女へ未来の危機を伝える。何本もある小さな針の穴に糸を通していくようなつながりが成り立つかどうかを、天の意志は観察したかったんじゃないか? あの腹黒い感じからして、いかにもありそうだ。

「九文寺さんがそのとき仮に関東方面――君のいる埼玉か東京辺りに越して来ていたなら、君と顔を合わせるケースはどんな場合が考えられるだろう?」

「一番は決まってるね。僕の通う小学校に転校してくる、だよ。高校に入ってから実際にそんな会話を交わしたこともある」

「でも実際には転校して来てはないだろ。今体験している二度目の二〇〇四年においては」

「あ、ああ。変わらなくて当たり前では」

 ここで打ち明けるのは最も効果的だと判断した。

「実を言うとだな。君が今年の一月、九文寺家に無言電話をし続けたせいで、九文寺さんは気味悪くなったみたいなんだ」

「えっ」

 そんなつもりは毛頭なかったのに、と言いたげに目を見張る六谷。私は全部話してしまうことを優先した。

「そして関東に一家で引っ越してきたそうだ。何ていう小学校に入ったのかは分からない。それどころか引っ越し先が東京なのか他の関東圏なのかも知らないんだ」

「岸先生のその話は、神様的な奴からの情報?」

「そうだよ。信じる信じないかの話を蒸し返さないよう頼む」

「そこはいいんだ、信じるよ」

「だったら頭を切り替えて、他の可能性を考えてみてほしい。一緒の学校になるほかに、九文寺さんと対面する可能性があるのは何だい?」

 問い掛ける私の目の前で、六谷は何故か暗い表情をなした。どうした?

「九文寺さんとしたおしゃべりの中で、同じ小学校に転校してくるのは難しいとしても、修学旅行の行き先が被ることは意外と可能性高いかもしれないなんてことを言ったんだ。本当にこの前の修学旅行のときにすれ違っていたとしたら、チャンスを逃してしまったかもしれないってことになるのかな……」


 つづく


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