第205話 すれ違う可能性は
「……理屈は分かった。先生が嘘を言う理由もないし、信じるよ。認めたくないけれども、当たっているんだろうな」
アイスクリームを上下ひっくり返して、スプーンを通す。半分近くまで通った。
「ここからが肝心だ。考えたくないだろうけれども、仮の話としてでいいから考えて欲しい。もしも九文寺さんが今言ったような震災に巻き込まれて命を落としたとしたら、高校生の君はどんなことを思い、叫ぶだろうか?」
「……神とか天とかを呪う」
さもありなんではあるが、そこには多少、我々の今の立ち位置というものが混じっている気がする。
「そんな風に思うのは、六谷君、君が神様的存在に言いようにされているっていう意識があるからじゃないか?」
「あるよ、もちろん。おかしい?」
文句を付けられたと感じたのか、不満げにこちらをじろっと見てくる六谷。
「いや、おかしくはない。分かるよ。ただ、君が二〇〇四年に送られずに、そのまま二〇〇一一年を過ごしていって三月に彼女さんの訃報を聞いたとしたら、当然、神だの何だのっていう意識は今よりも薄いだろう?」
「……多分。それでも、地震や津波は理不尽な自然災害だから、神って言うか運命を呪うことはありそうに思えるんだ」
一応、意識が薄まるという点は認めてくれたのだからよしとする。らちがあきそうにないので、見方を変えてみるとしよう。
「君は過去に戻された。二〇〇四年という年に意味があるのかどうかはとりあえず横に置くとして、震災を知ったあと過去に戻れたらどうする?」
「言うまでもない。何とかして九文寺さんを助けるに決まってる」
「当然だよな。君に課せられた使命っていうのは、突き詰めれば九文寺薫子さんを救うことなんだと思う。そこに神様的存在が条件を付けたんじゃないかって気がする。相手の物言いには、できもしないことを言ったその責任を取れというニュアンスが含まれていたからね」
「条件ていうのなら、震災について体験する前の時点で二〇〇四年に飛ばされたってだけで充分に厳しい条件だけど。岸先生がフォローしてくれたおかげで分かったからいいものの」
うーん。それなら一年遡った二〇一〇年の三月辺りでもいいのではないか。
二〇〇四年そのものに意味があるのかどうか。
「九文寺さんと知り合ったのはいつだ?」
「高校に入ってからだよ。厳密にいうと合格発表のとき、ちらっと見ていたっけ。学校にわざわざ発表を見に行くのは少ないから、何だか印象に残った」
高校ということは四年後の二〇〇八年か。まだ先だよな。
「何でそんなこと聞いたのさ?」
「うむ……二〇〇四年にどんな意味があるのかと考えていた。それと六谷君の叫びの内容を色々想像してみて、ふと浮かんだんだ。震災前に戻れるのなら九文寺さんと知り合う以前だとしても彼女を助けてみせる、とか言わないかなと」
「そんなこと言うかな、僕」
声なき苦笑を浮かべる六谷。
「言うとしたら、僕と知り合ったせいで九文寺さんに不幸が訪れた場合ぐらいだよ」
「……なるほど」
想像の域は出ないが、理屈は通っている。
三月十一日の時点で九文寺薫子が宮城県I市にいる状態を作り出したきっかけが、六谷にあったとしたら。
私はその仮説を話し、何か記憶に残っていないか問うた。だが、返って来た答は。
「覚えがないよ」
だろうな。そんな思い出があったら早い段階で言ってくれてたに違いない。それでも念のため、粘ってみる。
「喧嘩して彼女が早めに行くことになった、なんて話もない?」
「ない。受験を控えていたけどラブラブだった」
私の仮定に辟易したのか、六谷は“ラブラブ”に強いアクセントを置いた。
「そうか、すまん。となると、二〇一一年正月以降に何かあったのかもしれないな」
「だったらどうしようもないや」
そういうことになる……。
想像が及ぶのはここら辺が限界か。いや、二〇〇四年にもっと拘るべきなのか。少なくとも私の場合は、この時代に来た意味がはっきりあった(ただしきっかけを作ったのは、二〇〇四年に送られて来た六谷だったようだが)。
六谷と九文寺薫子が知り合っていたかどうかがポイントではないのだろうか。まだ何か可能性が残されているような。
根を詰めて考える内に、意識せずにアイスクリームをスプーンでつついていた。いつの間にかかなり解けており、柔らかさが感じられる。スプーンを立てるとすっと入っていった。
その滑らかな様を目の当たりにしたせいだろうか。一つの状況を思い付いた。
「……正式にお互いの顔や名前を見知ったのは高校入学後だが、それ以前にも顔を合わせていた、すれ違っていたという可能性はないかな」
つづく
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