第347話 読み方の違いではなく聞き違い
「委員として学校の用事はないはずだから、デートかな」
私の将来の嫁が小学生の時分、長谷井と仲よくするのは仕方がない。元々そういう過去を辿ってくることになっていたんだろう。踏ん切りは付いている。が、やっぱり嫉妬する気持ちは強く残っている。己のことながら再認識した。声に出してデートと表現すると、神経が非常にぴりぴりする。
長谷井には、まだ小学生なんだから無理・無茶はしてくれるなよ~という心配と、天瀬と付き合おうとするからには背伸びしてでも責任持ってエスコートしろよ!というもどかしさとがあるんだよな。いささか矛盾する要求だが、私の偽らざる本心てやつだ。
で、その仲のいいはずの長谷井と何で口喧嘩に?
「私達が見たときは、楽しいデートって雰囲気でもなかったです」
「もう最初から口論めいたことをしていた?」
「うん……初めは口論て感じじゃなかったかな? ねえ」
寺戸が野々山に意見を求める。野々山はほとんどタイムラグなしに、
「ええ、最初は天瀬さんが何か一生懸命言っているのを、長谷井君が笑って聞き流してるっていう感じ?」
情景はまざまざと浮かんだ。けど、話の内容が分からないんじゃ意味がない。
「風がちょっときつくて、音が流されてる感じだったから」
「昔の海外放送みたいに、細切れでやっと聞こえてくる」
二人が相次いで答えた。
ということは、少しは耳に届いたと思っていいんだよな。私は二人にを等分に見ながら、会話の中身について聞いた。
「聞こえたこと、何でもいいから何か覚えていないかな。口論の原因かどうかは気にしなくていいから、断片みたいな言葉でも覚えてくれていたら助かるんだけど」
「「そう言われても」」
寺戸と野々山の声がユニゾンになる。そのことが嬉しいのか面白いのか知らないが、二人はひとしきりけらけら笑った。これはやっぱり望み薄かとあきらめかけたそのとき、寺戸の方が、
「あ、だけど、何か言ってた。ほら、歌詞に出て来る」
と言い出した。私はすかさず「歌詞? 流行りの歌のか」と聞いたんだけどスルーされる。寺戸は野々山にアイコンタクトして、記憶の補強を図りたいようだ。
「そっか、あったね」
実際、野々山も何やら思い出した様子。小さくうーんと唸りながらしばらく思案し、「人の名前だったよね」と言う。
「人の名前? 歌詞に登場する人名って」
伊代とかかと言いそうになったけれども、あまりにも古い例しか思い付かなかったので、やめた。私自身、二世タレントが笑いを取るために言っているのを見て、初めて知った口だ。
「あの歌、童謡になるのかしら?」
童謡で人名……さっちゃんか?
「違うと思う。ねえ、先生。四季の歌って童謡じゃないよね?」
「四季の歌……ああ、分かった。童謡じゃなく、歌謡曲だと思うぞ。それで人名っていうのはハイネのこと?」
詳しくないが、確かドイツの詩人だったよな。詩人のことを話題にして口喧嘩とは、はて一体?
「そうそれ。私、この歌を習ったとき、最初人の名前だって分からなかったよ。物を燃やした“灰ね”みたいに聞こえて、意味不明だった」
「今ではハイネが詩人だと知ってるんだな」
「もちろん。それしか知らないけど。ただ、天瀬さん達の会話に出て来たのは詩人じゃなかったんじゃないかなあ」
「何でそう思う?」
「詩人じゃなくて死人て聞こえて来た気がするから」
「死人……」
これはまた穏やかでない単語が飛び出してきたな。ハイネに死人とは……まさか「詩人」と書いて「しにん」と読ませる、なんてシュールなことをするはずないし。あっでも、「四季の歌」は「死期の歌」と音が同じだよな。何かあるのか。
「あ!」
突然叫んで手を打つ野々山。何だ今度は。
「あと、がみがみ言ってた。二回だけだけどさ」
「何をがみがみ言ってたって?」
「だから、“がみ”だよ、先生。天瀬さんと長谷井君の話している中に、“がみ”って言ってたのが二箇所くらい、あった」
「“がみ”……『歯がみする』くらいしか思い付かないな」
口ではそう言いつつ、頭の中ではこれまでに彼女達から出てきたヒント?を並べてみた。ハイネ、死人、がみ、という風に繰り返し唱えていると、ふっと閃いた。
「もしかして、“死神”と言ってなかったか?」
つづく
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