第438話 神様間で意見の相違

「ええ。もちろん忘れていない。その辺の詳しいルール説明は、勝負前にするわ。それよりも早く決めましょう。私と天瀬美穂さん、ハイネさんとあなたの組み合わせは固定だから、あとは種目だけ。今言った通りでかまわないわね?」

 即答はできなかった。最後にもう一度、じっくり考えたい。今さらだけど記憶力勝負、ほんとに天瀬に任せていいのだろうか。幾度か触れたように、本来の記憶力だけならどうだか分からないが、二〇〇四年の出来事となると、恐らく今の私の方が鮮明かつ大量?に覚えている。天瀬には――二〇〇四年の天瀬には色々覚えておくよう言っておいたが、果たして十五年経過しても覚えていられるものかとなると、心許ない。

「念のために聞いておきたい。もしも私とハイネとで記憶力対決をするとなっても、カルタを用いた勝負になるのは確定事項なのだろうか」

「もちろん。恣意的に変えやしないわよ」

「そうか」

 困った。私はカルタはからっきし弱い。反射神経は悪くないつもりだが、うまい人がやる弾き飛ばすような取り方は絶対に無理。「あ、あった」と手で押さえるのみだ。トランプゲームの神経衰弱の方が数倍ましだろう。

「もう一つだけ、教えて欲しい。ギャンブル対決の方の中身は?」

「それに関しては、私の受け持ちじゃないので」

 神内は言葉を区切り、ハイネへと視線を送る。フードを目深に被った死神に、神内の仕種が見えたとは考えにくいのだが、ハイネは間を置かずに反応した。

「これから戦う相手にわざわざヒントを与えるような気前のよさを、私は持ち合わせていないんのだけどねえ。アンフェアであっても、アドバンテージがあるのなら徹底的に利用するのが我ら死神の方針」

「我らって、一緒にされるのは嫌なんですけど」

 神内がぼそりと一言。ハイネは聞こえていないのか、無視したのか、頭を動かすことなく、話を続ける。

「ただ、今回はこちらの神内さんを打ち破った人間が相手だと聞いて、心が多少浮つかないでもないのでねえ。万全の状態の相手を破ってこそ、価値があると」

 おっと、思わぬ形でデレてくれるようだぞ?

「たいしてヒントにならない範囲で言うと、トランプを使用するカードゲームにダイスをプラスした対決を予定しているよ」

 トランプにサイコロか。既存のゲームにそんなのあったっけ。

「それはハイネさん、あんたが考えたオリジナルのゲームなんだろうか」

「そうなるのかね? 人間のゲームには詳しくなんかないし、調べたこともない。たまたま被っているかもしれない」

 とぼけているのか、答をはぐらかすハイネ。まあいい。トランプを使うというのであれば、だいたいの想像は付く。

「天瀬さんはトランプ遊びは得意? 小学生の頃は結構、強かったと記憶に残っているんだけど」

「あっ、覚えているんですね?」

 二〇〇四年当時の記憶を呼び覚ます狙いも込みで、私が尋ねると、天瀬は嬉しげに反応し、微笑んだ。

「もちろん。受け持った子達のことは、そう簡単に忘れないよ」

 私は岸先生になりきって言った。こう返事した方が、天瀬の記憶を呼び覚ますのに役立つんじゃないかと計算を働かせたのだ。

「やはり、教師はそうあるべきですよね。――でも、トランプのゲームは私、最近はとんとご無沙汰してます。きっと、きしさんの方がお上手ですよ」

 そうか。天瀬本人がそのように判断するのであれば、従うのがよかろう。

「待たせて悪かった。さっき神内さんが言った組み合わせ、種目で受ける」

「了解。五分間、作戦を練る時間を上げたつもりだったのに、してなかったのね」

 呆れ口調で言われてしまった。

 そこへさらにおっ被せるように、ハイネが口を開く。

「さて。これまで人間側に何かと譲歩してきたつもりなのだが、自覚はあるかね?」

「それはまあ……」

 やばい、何やらまずい空気を感じながらも、そう応えるしかなかった。

「そりゃ結構。では、一つぐらい我らの要求に応じてもらえると信じて、条件を一つ、提案するよ」

「えっ……。提案を話すのはかまわないが、飲めるかどうかの確約は無理だ」

 とにかく釘を刺しておく。急いで言ったのがおかしかったのか、死神の奴、かか、と笑った。

「そう恐れんでもいい。難しいことじゃあない。さっきまでの五分休憩の間、神内さんがいかにして敗北を喫したのかについて、当人から蕩々と聞かせてもらった」

 ハイネのフードの縁が、天瀬の方を向く。私の腕に触れていた天瀬の手に力がこもるのが分かった。

「驚かされましたよ、ええ。夢の中であることを活かして、そちらの人間が手を足に変えたとはねえ。それ以上に驚いた、呆れたのは、神内さんがこのあとの勝負でも一度だけ能力の使用を容認したことであるが」

「ハイネさんも使うつもりだったんでしょう。それならば限度を決めておかないと、勝負が滅茶苦茶になる恐れがあります」

 臆した様子はほとんど見せず、神内が反論する。ハイネは意外とあっさり了承した。

「うむ、まあ、その可能性があるのは認める。ただ、条件が緩すぎるね。君は君自身がどういう負け方を喫したのか、省みましたかえ?」


 つづく

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