第101話 最善手に違いないと信じて
以前は弁野教頭との仲を解消した方がよいのではと口出ししてきた岸先生が、今はそのことは引っ込めている。子供達のためを第一に考えている証だと感じられた。
問題は、ことを起こしたのが自分一人ではなく、弁野教頭と二人であるという事実。柏木単独では状況を変えられない恐れがある。
今になってやめたいと言い出したら、彼はどんな反応をするのだろう。まさか、奥さんだけは始末するなんて、執着を見せるのだろうか。もしくは、岸先生の記憶が戻ったと知って、元々の計画通りに進めるのだろうか。そんなことをしても意味がない。今の岸先生を見て、もうどうにもならないと私は理解した。仮にこの人を亡き者にしても、何らかの方策を講じているに違いない。私達が行動に出れば、その悪事が確実に露見するような。それを防ぐためのまた犯罪を重ねなければならないとしたら……きりがない。
もしも弁野さんがそんな行動に走るようなら、私が説得して止めなくては。どのような結果が待っているか分からないけれども、他の誰も頼れないのは当然なんだわ。
「でも、記憶が戻らなくても、その他のことは普通通りにできる」
岸先生が再び口を開く。何の話かと思ったら、さっきの続きがまだあったらしい。
「だから、僕が力を貸せることがあれば、相談に乗ります」
「……」
お人好しすぎて、相談相手には頼りないわ。柏木はそんな台詞を飲み込み、代わりに苦笑いを浮かべた。
「あ、あと、あの子には――」
岸先生は天瀬美穂宅に視線を振りながら言った。
「――柏木先生がここに来たのは、僕があなたにサプライズを仕掛けたためってことになっているので、適当に話を合わせてくれたらありがたいんですが」
手を拝み合わせる岸先生に、柏木はまた苦笑させられた。
「……おかしな人。分かりました。それじゃあ、岸先生が私に告白して、ふられたことにでもしましょう」
その返事に、岸先生は額に片手を当ててしばらく考える様子だったが、じきに思い切った風に応えた。
「かまいません、それで」
* *
車の運転席に乗り込むと、柏木先生は素早くかつきれいにUターンを決めて向きを変え、去って行った。案外、落ち着いていて丁寧な運転ぶりだった。
「これでよし……なのかな」
私は声に出してみた。この決断に自信がなかったから。自転車を、ハンドルを持って支えたままの直立姿勢で、少し考え込んでしまう。
このまま、柏木先生も弁野教頭も引っ込んでくれれば万々歳。彼らが岸先生にどんなことをしたのか分からないが、何にせよ犯罪行為を見逃すべきじゃないという考え方もできる。だけど、現時点でことを荒立てては、子供達への悪い影響が大きすぎる。修学旅行が延期や中止になるかは私には確かなことは言えないが、事件が公になれば、「教師が犯罪を起こしたあのニュースで言っていた学校よ」「たちの悪い先生に教えられた生徒ってかわいそうに」などと話の種にされることは目に見えている。
何よりも私は、天瀬を守ることを最優先に動くと決めている。もしも警察沙汰にして、その詳しい内実が報道されたら、彼女は知るだろう。「私が見たことを話しちゃったから、岸先生は襲われたんだ」と。責任を感じて、気に病むかもしれない。そんな面倒くさくて余計な“荷物”、小さな今時分から背負う義務はない。
だからこれが現在できる、私の精一杯の対処だ。このまま収束してくれることを切に望む。
……ま、岸先生には泣いてもらった形になるけど。知らない内に、柏木先生に告白してふられたことになってしまうが、いいだろう? 私と入れ替わる直前に、柏木先生があなたを襲ったんだということは認識できたはず。そんな女性と結ばれる可能性が消滅したって、何の痛痒も感じまい、うん。
つづく
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