第288話 すれ違いでは終わらない
「僕は辛抱できそうにないから、ちょっと急ぐね」
堂園は下半身を押さえるポーズだけして、人の列から横にはみ出た。
「行くならどこで合流するか決めておいた方がいいんじゃないか」
「トイレのすぐ外で待ってるよ。じゃ、お先!」
長谷井の提案に即答すると、堂園は急ぎ足で端の方をすり抜けていった。
「やれやれ。行きたかったんならすぐに飛び出せばいいのに」
見送りながら言う長谷井の横に並び、天瀬は苦笑いを浮かべた。
(二人きりじゃなく、三人になったけれども、ま、これも楽しくていいか)
長谷井に電話をして誘った段階では、二人きりのデートを漠然と思い描いていた天瀬だったが、長谷井の方から言ってきたのだ。「堂園のやつを誘っていいかな? 転校する前に行けるようなら一緒に」と。
(優しいというか友達思いというか……ううん、そんな堅苦しい言い方で表現するんじゃなくて、とにかく少しでも長く一緒に居る時間を作りたいって感じかな。ああいう夫に言われたら、私も賛成せざるを得ないじゃないの)
昨日の電話でのやり取りを思い起こし、苦笑いとともに小さく息をついた。
「堂園は自由研究の宿題もしなくていいのかな?」
「さあ……? 他の科目の宿題は教科書や問題集が、転校した先の学校と違うかもしれないからやらなくてもいいとして、自由研究はどこの学校でも同じようにありそう」
「だったら一応、あいつも展示コーナー、見ておいた方がいいか。――まさか、気を利かせて立ち去ったなんてこともないだろうしね」
「え?」
長谷井の発言を気に留めて、相手の表情をよく見ようとする天瀬。
その刹那、横手の方から別の声が掛かった。名前を呼ばれた気がして反射的に振り向くと、担任の岸先生の姿が視界に入った。
「やっぱり、天瀬さんだった。一緒にいるのは長谷井君か」
* *
プラネタリウムのプログラムが終了して、背もたれから身体を起こす。明るくなった空間で、吉見先生と顔を見合わせ、「とりあえず出ましょうか」「機械を見ていかなくても大丈夫ですか」「小さな子達が集まってるし、今日のところはいいでしょう」などとやり取りをして、出口に向かう。
他の観客の動きに合わせてゆっくり歩きつつも、気は急いていた。天瀬らしきシルエットを見たことを、観覧中はほぼ忘れていたが、終わるとすぐに思い出したためだ。あまりきょきょろすると挙動不審に映るだろうから、目だけを動かして探してみる。
と、一つ右隣の通路で、小走りに出て行った子供がいたなと認識した。そのまま視線を振ると、天瀬を見付けた。男子も一緒にいる。長谷井か。
後先のことは考えずに、気軽な口調で呼び掛けていた。
「そこにいるの……天瀬さんか?」
聞こえたのかどうか、反応を待つ間がやけに長く感じられる。実際はほんのコンマ数秒後のことだったろう。彼女がこちらを見た。
「やっぱり、天瀬さんだった。一緒にいるのは長谷井君か」
「ちょ、ちょっと。岸先生」
吉見先生に袖を引かれた。
「え、何か」
「あの、もう手遅れですけど、子供達に自分の方から知らせに行ってどうしたんですか」
「あ、そうか。すみません、受け持ってる子達だったもので、つい」
「まったく。仕方ありませんね」
ややわざとらしくため息をつくと、吉見先生は前に進み出た。隠れているような態度は取りたくない、ということだろうか。
そのまま少し歩くと二本の通路は合流し、出入り口のすぐ近くまで来た。
「偶然だねー、岸先生。あれ? 吉見先生もいる。こんにちは。あ、おはようございますかな?」
私が見付けた当初は目を丸くしてびっくりしていたようだが、もう屈託のない様子で話し掛けてくる。長谷井と二人でいることについて、どこまで突っついていいものやら、私は迷った。
「あなた達も暇になったから来たの?」
吉見先生が先手を打った(多分)。返事を待たずに続ける。
「私や岸先生は富谷第一小との交流行事がなくなって時間ができたから、科学館の設備が新しくなったのを思い出して、見学しておこうという話になったの。ですよね、岸先生」
「ええ」
短く肯定するのみに止め、余計なことは言わないでおこう。ほぼ事実なんだし。
「そうか。僕らが暇になったってことは、先生達もそうなんだ」
長谷井が答える。そうこうする内にドームの外に出た。太陽の光で白く明るい。幅のある廊下の窓際の方へ寄り、そのまま四人による会話は続いた。
「僕らの方は、新しいプラネタリウムも気になったんですけど、展示が宿題の参考になるかなと思って。自由研究の」
「ああ、あれね。私達も見てきたわ。工作とか――」
「あ、僕らはまだなんです。バスで着いたときには、プラネタリウムの開演が迫ってて」
「そうなんだ? だったらネタをばらすのは楽しみを奪っちゃうことになるわね」
当意即妙っていうのか、吉見先生と長谷井の言葉のキャッチボールが途切れない。私は天瀬に聞いてみたいことがあるのだが、言い出せないでいた。二人だけなのかとか、どういう経緯でここに来ることになったのかとか。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます