第221話 人が違ったわけではないよね

「うん? どういう風に」

「私のことをいい意味で気にしてくれてるんだったら、自分だってもっと積極的に行こうかなって」

「それは……複数の男子と仲よくしたいということか」

「思い出作りの意味も込めて、だよ」

 天瀬はにこっとした。

 小学生の天瀬にとって本命は長谷井のはずなのに、どういう風の吹き回しだろう?

 とにもかくにも、これで安閑としていられなくなった。堂園の告白を受け入れる可能性が、小さくではあるが芽吹いたことになる。

「まあ、なんだ。思い出作りと言われたら止めにくいが。他の女子に嫌われないように気を付けてな」

 そう注意するのが精一杯だ。

「あはは、大丈夫よ先生。女子の友達との仲が悪くなりそうだったら、男子と仲よくするのはすっぱりやめる。それくらい大事だから」

 屈託のない笑顔でそう宣言してくれて、ひとまずほっとした。


 とはいえ、天瀬のこの心境の変化には、私も慎重な対応をするべきと見た。我がことばかり優先して申し訳ない限りだが早速、翌日の午前中にも六谷をつかまえて、例の件を聞くことにする。

「前の二〇〇四年を過ごしているとき、学校で夏休みに入るまでに何かなかったかって?」

 私の遠回しな質問に、六谷は片眉を上げた。

 頼みたい用があるという理由付けで理科準備室に来てもらい、今は二人だけだ。六谷も心得たもので、本当に理科絡みの用があるとは考えておらず、タイムスリップ関係の話になることは承知していたようだった。

「大雑把すぎて分からない。休み時間、十分しかないんだからずばっと言ってくれなきゃ」

「そうだな。なるべくなら自然に思い出して欲しかったんで遠回しになったが……堂園君の転校、覚えているかな」

「え、堂園の転校? あったっけ」

 出だしから不安にさせてくれる。もしや堂園の転校までもが、過去への影響が及んだ結果なのか?

「――そうだそうだ。あったよ。思い出した。それが? みんなにはまだ言うなよって?」

 元々あったエピソードだと分かり、ほっとする。六谷にとって約七年前、小学六年生という多くの体験が新鮮かつ印象的に感じられるであろう頃の出来事全てを細部まで覚えていてくれと期待するのは、酷な話かもしれない。

「他の人に話さないのはもちろんだが、君がいつ、堂園君の転校の話を知ったのかが気になってね。多分、岸先生がホームルームで発表したと思うんだが」

「いつだったかなぁ。発表があったこと自体は覚えてるけど。ええっと、夏休みに入る直前辺りに、お別れ会的なことを開いたよ。シンプルだったけど、それでも準備はしなくちゃいけないだろうから、お別れ会の十日以上前じゃないかな。テストだってあったはずだし」

「となると……」

 頭の中で七月のカレンダーを思い描いてみた。曜日及び祝日の関係で、堂園の送別会が開かれたのは二十日、終業式当日の火曜日か、その前の週末か。

「終業式と重なっていたなんてことはなかったかい?」

「……言われてみれば……堂園が折り紙の花束や寄せ書きなんかで手がいっぱいになっていたけど、僕らも荷物をたくさん持っていた気がする。終業式なら道具箱や習字セットを持ち帰った可能性があるよね」

「そうか。ありがとう」

 七月二十日で決まりだとして、そこから十日~二週間ほど遡ればいいだろう。七月の六日から十日に掛けて、堂園の転校を皆に伝えればいいことになる。結構、日が迫っていたんだな。

「ちょっと。何のためにこんなこと知りたがったのさ、先生」

 部屋を出ようとした私の背中に、六谷の問い掛けが届く。

「詳しい説明は省くが、天瀬の将来に関わるかもしれない出来事なんだ。つまり、使命を果たすのに必要だった」

「ふうん。そういう事情ならしょうがないか。でも、余裕があるときは僕の使命達成にも力を貸してよ。先生と違って、僕単独で得られる手掛かりなんて皆無なんだから」

「分かった」

「今度もし天の意思の声と会話するチャンスが巡ってきたら、『六谷直己の夢の中にも行ってやってください』とお願いしてみてくれないかなあ」

「それもそうだな。言ってみるよ」

「話を聞く限りじゃあ、僕とその天の意思とは反りが合わないどころか、僕があっちを怒らせたみたいね」

 腕組みをして考える様子の六谷。私は振り返って、早く出ないと鍵が閉められないと告げた。

「もし話せたら、最初に土下座くらいする勢いで謝るのがいいのかな」

 それなりに真剣な口ぶりで呟きながら、六谷も理科準備室から出て来た。


 警察庁長官狙撃事件の容疑者が逮捕されたというニュースが世間をちょっとざわつかせた翌日、七月八日のホームルームで、堂園が転校する話をした。もちろん前もって当人の意思を確認し、了解を得た上でのことだ。

 私が七月七日を避けたのは、織姫と彦星の逸話が頭の片隅にあったから。七夕の日に転校話を皆に話した結果、万万が一にも天瀬が自らを織姫に、堂園を彦星になぞらえて心をときめかせるようなことにでもなったらまずいと思った次第だ。考えすぎ、気を回しすぎだとは思う反面、万全を期さなくてはという頭があって、慎重策を採ることになる。


 つづく

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