第220話 思い込みやら思い違いやら

「もちろん覚えているよ。って、増えたのは男、男子からの告白がか?」

 声のボリュームが大きくなるのが自分でも分かって、途中から絞る。内心それだけ焦ったという証だ。

「告白ではないんだけど。よく言えば話し掛けてくる、親切にしてくれる、悪く言えばまとわりついてくる、ちょっかいを掛けてくる男子が増えた気がする」

 天瀬は物凄くゆったりとしたメトロノームみたいに身体を揺らしながら、ふわふわと思い返すかのように答えた。

「それは長谷井君ではないと」

「だ、だから~。委員長とは役目として一緒にいることが多いから。それだけなんだからっ」

 具体的な名前を出してみると、途端にしゃきっとなった天瀬。

「分かった分かった。この前告白してきたという男子でもないんだ?」

「そう。えっと、その子を入れて増えてきたな~って感じよ」

「その話が、どういう風にして、天瀬さんがどこか変わったかもという話につながるのかな」

「……言いにくいんだけど……先生なら色々知っているから、ま、いっか」

 天瀬は唇の真ん中辺りをきゅっと噛み締めてから、思い切ったように言った。

「可能性は低いと思うんだけど、もしかして私、前よりもきれいになったのかなって」

「――」

「な、何、先生。その顔と反応?」

 指差されてしまった。自分がどんな表情を担ったのか、私には見えないのだから分からないが、恐らく一瞬、目が点になったかもしれない。

「そんなにおかしいですか? びっくりするほど?」

「いや。びっくりしたのは、何を当たり前のことを言っているのかと思ったから」

 この返事はごまかしではなく本心から発していた。

「当たり前って?」

「君達の年頃で、特に女子が大きく変化するのは当たり前だっていう話。程度の差はあるだろうけれども、みんな大人びてきて、きれいになっていると言える」

「そうかなあー?」

「自分自身のことはひとまず横に置くとして、周りの女友達に対してきれいになったとか、大人だなあとか感じたこと、最近ないのかい?」

「あるあるっ、そういうのならいっぱい。特に棚倉さんかな。見た目も考え方も大人だなあって感じるときが、しょっちゅうあるわ」

「それと同じことが天瀬さんにも起きているんだよ、きっと」

「うーん、それこそ自覚ない」

 首を傾げる彼女。つい、手を取って励ましたくなったがスキンシップはセーブしなくては。

「女子に比べたら、男子の方が子供だと思わないか?」

「それもある。長谷井君でさえ虫採りに夢中になっていることがあって、子供っぽいなって感じる」

「そんな男子から見れば、天瀬さんが自分で気付かないくらいのちょっとした成長が、凄く大きな変化に映るんじゃないだろうか。ましてや天瀬さんは芸能事務所からスカウトされかけたからね。あの話が伝わって、天瀬さんのことを気にするようになった男子が増えたのかもしれない」

「そっかー。ちょっとはきれいになってるんだ」

 嬉しげに目を細め、頬を両手で包む。それから不意に呟いた。

「だとしたら堂園君が自分から言いふらしたわけじゃないのね」

 あれ? 今、堂園の名前を出したぞ。わざとなのかうっかりなのか。いやそもそも、何で堂園が言いふらしたとかいう話になるんだ?

「どうして堂園君の名前が出たんだい?」

「あ……前に告白してきたのが堂園君で」

 この前は言い渋っていたのに、今日はまたえらくあっさりしているなあ。ひとまず、ここは今初めて聞いたという態度で臨むとする。

「そうだったのか。それで、堂園君が言いふらしたというのは?」

「私が勝手に想像してたの。返事を先延ばしにしたから堂園君がいらいらしちゃって、仲のいい男子とかに噂を流したんじゃないかしらって」

「噂ってどんな」

「うーんとね、『天瀬のやつ誰かから告白されたらしいぜ』とか。そういう噂を聞いた男子が気になって、私の反応を見ようとした。だから話し掛けてきたりちょっかいを出してきたりする男子が増えたのかなって」

 想像力豊かというか、一つのことから大きく広げすぎじゃないか? それに堂園が中途半端な噂を流す意味が分からない。その点を改めて尋ねると、天瀬は首を傾げた。

「私が周りから色々言われて、早く返事しなくちゃいけないと思わせたかったとか」

「ははあ。そんなややこしいピタゴラスイッチ的な連想がよくできるなあ」

 ピタゴラスイッチと声に出してから、二〇〇四年の時点でこの単語は世に出ていたっけ?と不安になり、ひやりとした。果たして天瀬の反応は――特に怪訝がる様子もなく、大丈夫だったようだ。

「だって、そんな風にでも考えないと、説明つかないと思ったんだもん。自分が成長してる気が全然しなかったから」

「堂園君に限らず、男子は返事を先延ばしにされたからって、告白したことを自分から噂に流しやしないと思うよ」

「男の岸先生が言うんだから、信じる」

 あ、いや、絶対にないと信じ込まれるのも困るんだけど。広い世の中には、いるかもしれない。

「わざわざ僕に言うってことは、絡んでくる男子が増えて嫌な目に遭ったのかい?」

「そんな、取り立てて嫌って言うのはない。同じクラスなのに知らなかった面がたくさんあることを気付かされて、楽しいくらいだわ」

「ほほう。ならいいじゃないか」

「そうなんだけど、今の先生の話を聞いて、またちょっと変わってきた」


 つづく

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