第219話 スリーサイズの話とは違うことぐらい分かる
考えを巡らせる内に西崎さんが富谷第一小に今現在勤めていない理由も、ぼんやりと思い描いてみた。恐らくだが、親会社の不祥事をネタに、息子さんがいじめられたんじゃないだろうか。仮に西崎さんが正義の告発者だとしても、表向きは言い出せない状況だったかもしれない。想像が勝手に膨らんでしまう。
「そんな過去があるんだったら、向こうの小学校の構造を教えてくださいとか、先生に知り合いがいたら紹介してくださいなんて、お願いしにくいような気がします」
「大丈夫じゃないですか。去年、ううん一昨年だったかしら、交流行事で訪問してきた富谷第一小の人と西崎さんとが話をしているところ、見掛けましたから」
「そうなんですか。笑顔でした?」
「はい。相変わらず穏やかな顔つきで」
「それなら」
大丈夫そうだ。知り合いの先生がいるという点にも期待が持てる。懸案事項の一つにとりあえずの目処が立ち、私は肩の荷が軽くなるのを意識した。
懸案事項、もう一つはプライベート+職務だ。堂園からの告白に対する天瀬の返事と、私が堂園の転校話をクラスのみんなにするタイミング。
多分、堂園の転校は元々の二〇〇四年から確定していたことであり、六谷や私がこの時代に飛ばされた結果から来る改変ではあるまい。なので放っておけば天瀬は堂園の告白にノーの返事をするはず。
それでも私が気にするとしたら、転校話公表のタイミングだろう。もし早めにクラスのみんなに言って、天瀬が万が一にも心変わりし、堂園と遠距離恋愛する覚悟を決めたら未来に影響が及ぶかもしれない。本来の時間の流れの中では岸先生がいつ堂園の転校を明らかにしたのか、それを知ることができればいいのだが。
もちろん、知ることのできる可能性が一つあることは分かっている。そう、六谷だ。六谷なら一度すでに体験済みだろうから、聞けば正確な日付は無理でも、おおよその日にちぐらいは覚えているかもしれない。私は聞き出したその日まで待ってから転校話をすればいいだけ。
だったらすぐにでも六谷をつかまえて尋ねればいいようなものだが、今彼と接触すると、富谷第一小に九文寺薫子らしき女子がいるという話にも言及しなければいけない気がして、何となく避けている。私の方は天瀬との未来を守るために独自の判断で好きなようにやっているのに、六谷に対してあれこれ隠しごとをするというのは、後ろめたいものなのだ。この時代においては担任教師と十二歳の小学生という立場だし、実際の精神年齢でも私は二十七、相手は高校三年生と差があるが、元を正せば同じ年に生まれた(ややこしい)という点も、六谷を対等の立場で扱うべきじゃないかと考える一因になっている。いやまあ、それを言い出したら教え子全員、本来の私と同い年なんだけど。
ともあれ、九文寺薫子についての情報を六谷に伝えない、とりあえずの理由はある。早く教えてやりたいのは山々だが、教えたら六谷は気もそぞろになり、日常生活の何やかやが手に付かなくなるかもしれない。それだけならましで、何もかも放り出して九文寺薫子に会おうとするパターンだってあり得るんじゃないか。
だから教えるのは最低限、富谷第一小の九文寺薫子が我々の思っている人物と同じである確認が取れてからだろう。六谷が使命を果たすための計画に見通しが立ってからというのが理想ではあるけれども、そこまで待っていたら話が進まない。
このような方針を固めて、六谷に堂園の転校を知ったのはいつだったかを聞くのは後回しにしていたのだが……悠長に構えていられない事態になった。
「ねえ、岸先生。私、この頃どこか変わったのかな?」
七月に入り、卒業アルバム用の写真の段取りを決めているときだった。通常なら担任である私の他には委員長と副委員長がいるのだが、この日は長谷井がどうしても外せない家の用事――祖父の一周忌――があるとのことで、授業が終わるとすぐに下校した。よって放課後の教室には、私と天瀬の二人だけ。夏なので太陽はまだ夕焼け色でなかったが、それでも西日射す教室で、将来の嫁と二人きりというシチュエーションはなかなかよいものだ……などと感慨に浸っているところへ、この妙な問い掛けだ。思わず、「は?」となったのも仕方あるまい。
私は本来の業務を一旦頭から切り離し、天瀬の発した問い掛けの意味をフル回転で考えた。
「そんな聞き方をするからには、天瀬さん自身はどこがどう変わったのか自覚していない、分からないという意味だね?」
「うん」
こくりとうなずいたあと、天瀬は思い出したみたいに付け足した。彼女自身の胸板やウエスト、腰の辺りを次々と触りながら、
「もちろん身体の方はちゃんと成長してるし、自覚してるよ!」
誰もそんなことは聞いてないのだが。胸が大きくならないことを悩んでいる、なんて風に思われたくないという意識の表れか。
「はいはい。それで?」
「それで……最近、急に増えた気がするの」
「……何が増えたのかを言ってくれないと、分からない」
この話の流れで、まさか体重が増えたとかではあるまい。もしそうだとしても身長が伸びればスタイルがそのままでも体重が増えるのは当たり前だ。
「前に私、告白されたって言ったでしょ?」
つづく
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