第21話 三者三様、反応の違い

 小学六年生にもなると、おかずを配膳するときに、好きな異性に対して何らかの反応を見せるのではないか。少なくとも私が子供のときは、そういうのが結構いた。さりげなく多めに盛るとか、器を渡す際のお喋りが長いとか。

 そんな意識で見ていると、三人ほど引っ掛かりを覚える男子がいた。

 列に並んだ順番で行くと、最初は砂田年男すなだとしお。髪を短く刈り込んだごんたそうな男児で、天瀬に話し掛ける時間が長い。ちょっかいを出すのと似た感じにも見えたが、天瀬も「早く行きなさいよ」とか言いつつ、さほど嫌がってはいない様子。

 次が長谷井絢太、委員長だ。今日のメニューはボルシチなのだが、長谷井の器には若干、少なめだったように思えた。多く入れるのと逆だが、これはもしかすると天瀬が長谷井の好みを知っていて、ボルシチ嫌いの長谷井のために量を減らしたのではないかと、勘繰ってみた。あとで確かめてみるとしよう。

 三人目は堂園欽一どうぞのきんいち。男子にしては髪は長めで、首が隠れている。眼鏡を掛けており、一歩間違えるといわゆるオタクっぽくなりそうなのに、何故か格好よく見える。例の岸先生データによればテニスが得意らしく、その自信が表面に出ているのかもしれない。長谷井とは逆に、ボルシチ大盛りになったのが気になった。

「先生の分も残しておいてくれよ」

 と、冗談めかして話を振ってみると、天瀬が真顔で振り返り、早口で応えた。

「底の方、ちょっと焦げ付いてるから避けていたら、堂園君が焦げててもかまわないって言うから多めに入れたんです」

「なるほど。堂園君は焦げが好きか。あんまり無理するなよ」

「先生、それどーゆー意味?」

 堂園はおどけた口ぶりで返事したが、ちょっと動揺が見て取れた。多分、堂園が天瀬のことをいいと思っているのは間違いない。その逆、天瀬がどう思っているかは分からないな。

 さて、担任教師として最後に並んで、配膳を受ける。大きなおかずのところで天瀬から渡された器には、ボルシチがたっぷり入っていた。

「おいおい。さっき言ったのを気にしたのか? お代わりするのだっているだろうから、こんなにはいらないよ」

「何言ってるんですか先生。たくさん食べて体力付けなくちゃだめです、病み上がりなんだから」

「そ、そうか。気を遣ってくれてありがとな」

 これでおかずを多めにしてくれるのが天瀬だけだったら、もしかすると天瀬は岸先生にも多少の恋心があるのか?なんて考えていたかもしれない。だが、次のおかず小の係、最初に発言した男子の後藤も、枝豆とちくわで作られたミニサイズのかき揚げみたいなおかずを一つ余分に入れて渡してきた。どうやら病み上がりの担任を気遣ってくれたようだ。

「気持ちは嬉しいが、まだ体調万全でもないんで、このおかずは多いな。誰か少ないやつ――長谷井君の分、少ないみたいだがいらないか?」

 できる限り自然な流れを心掛けて、長谷井に直に聞く。

「あ、いえ、僕はボルシチがあんまり……」

「嫌いだったのか」

「はい、今よりも小さい頃、カレーと思って口に運んだら、全然違う味がして、それがトラウマみたいになって」

「まあいいさ。無理して食うことはない。いただきますの精神を忘れなきゃいい。おかずが足りないのなら、先生の小のおかずをやるぞ」

 これは遠慮されてしまったが、こっちとしては当初の目的を果たせたのでよしとする。やはり天瀬は長谷井のボルシチ嫌いを知っていたに違いない。さらに、今の長谷井の話を聞いた他のクラスメート達が、「へえ」とか「意外」とか反応していたので、長谷井のボルシチ嫌いは、全員に知れ渡っているようなことではなかったと言える。こいつは怪しいな。

 第一容疑者、もとい、第一候補として長谷井絢太をマークするとしよう。

 というか、昨日、見舞いに来てくれたときのノリであれば、天瀬に直接聞いたら、案外さらっと認めるかもしれないが。

 まあ、今の天瀬が誰を好きであろうと私はとやかく言うつもりはないし、突き止めてどうこうしようってのもない。ただ単に、純粋なる興味と好奇心から知りたかっただけなのだ、うむ。


 つづく

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