第22話 見当違いも甚だしく

 給食のあと、残りの昼休みの時間は午後の授業の準備に当てるべく、職員室に戻ろうと思った。が、教室を出ようとしたところで、天瀬につかまった。文字通り、ジャケットの裾を掴まれていた。

「何だ? あ、昨日は見舞い、ありがとう」

「そんなことより、ちょっと相談したいことがあるんですけど」

 ぐぐぐっと引っ張られ、廊下に出た。そんなことしなくても、元々出るつもりだったのに。

「どうした。随分と強引だな」

 こう尋ねながらも、私は見当が付いたつもりになっていた。大方、給食前のやり取りで私が長谷井にあれこれ言ったのが気に入らないのだろう。つまるところ、この小学生時代の天瀬は長谷井が好きだということになる。

 と思っていたのだが。

「ほんとは昨日、学校でって約束していたんだから、お見舞いに行ったときに聞きたかったんですけど。先生が調子悪そうだったから」

 まずいな。天瀬は岸先生と何らかの約束をしていたと思われる。頼みの綱であるもやもやデータは、何にも浮かんで来ない。データが浮かぶ場合と浮かばない場合でどんな差があるのか、いまいち基準が分からないが、個人に関わる事柄しか出ないのかもしれない。

「先生、覚えてないの? 寺戸てらどさんと野々山ののやまさんのぞうきん戦争のこと」

 ぞ、ぞうきん戦争?

 初めて耳にする言葉に、思わず目を白黒させてしまったと思うが、自分では分からないので額に手を当てるふりをして隠す。

「すまないが、ちょっと待っていてくれるかい」

 一旦教室に戻り、寺戸愛理てらどあいり野々山篤子ののやまあつこを見付けて、情報が浮かんでくるのを待つ。岸先生が認識しているのなら、個人データとして彼女達一人ずつに結び付けられているはず。――思った通り、見ることができた。

 ただ、このデータ、出欠確認のときはなかった気がする。ある程度そのつもりになって相手を見ないと、出て来ない情報もあるのだな。面倒くささを感じる反面、膨大な情報を一度に見せられても対処に苦労しそうだし、痛し痒しだ。

 私は忘れ物を手に戻って来た体を装い、再び廊下で天瀬と向き合った。

 寺戸と野々山のぞうきん戦争とは……小学校では床掃除用のぞうきんを児童の家庭で用意する決まりになっていて、タオルを縫ってぞうきんにするなり市販品を買うなりしてもらっている。野々山が持ってきた母親手縫いのぞうきんを、寺戸が見て、「売っているやつみたい」と感想を述べたのが諍いの発端。どうやら寺戸は、売ってあるぞうきんみたいにきっちり作られているという意味、つまりほめ言葉のつもりで言ったらしいのだが、野々山は自分の母親の裁縫の腕を自慢に思っていて、それを既製品みたいだなんて言われ、ばかにされたと感じたようだ。

 元は仲のよかった二人が、これをきっかけに口も聞かない状態が続いているという。

 くだらないことでもめてるなあ、なんて決して思わない。子供には子供なりの価値観がある。物事を計る物差しを持っているのだ。私の決して長いとは言えない教師のキャリアでも、幾度も目の当たりにしてきた。

 この件では、誤解が原因なだけに、ちょっとしたきっかけがあればすぐに仲直りできると思うのだが、そのきっかけがなかなか見付からないといったところか。

「他の女子の中にも、どっちの味方に付くかって子が出始めていて、早く何とかしないと」

「見ていて、二人はともに仲直りしたがっているかどうか、分かる?」

「それは多分……。喧嘩してしばらく経ってからだけど、野々山さんが寺戸さんの方を振り返って名前を呼びそうな感じだったのが、途中でやめちゃったのを見たことあるし、寺戸さんは野々山さんがいないときに、野々山さんの机の横を通り掛かって、体操帽が落ちているのに気付いて、拾ってあげてた。普通、喧嘩してたら放っておくでしょ」

 細かいところまで見ているし、分析もなかなかのものだ。

「その分なら放って置いても、いずれ仲直りすると思うが」

「悠長なこと言わないでよ、先生。さっき言ったように、女子が二つに分かれちゃうかもしれないんだよ」

「そうだったな」

 考える。裏でこそこそお膳立てするのはあんまり趣味じゃないんだが、かといって終わりの会のような場で、クラス全員で話し合わせるほどでもないし、恐らく当人達もそこまでは望んでないかな。

「……うまく行くかどうか保証はないが、とりあえず、やってみてもいい作戦は浮かんでいる」

 私はさも、前々から考えていたんだぞという態度で切り出した。実際は、今思い付いたんだが。


 つづく

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