第444話 違いすぎると比べられない

 担任の先生からお願いをされたこと自体が珍しく、内容も少し変わっていたため、妙に印象に残った。おかげで今でもすっと思い出せたけれども、さて二〇〇四年に起きた様々な出来事一つ一つとなると、何があっただろう……。

 あ。着目するのはそんなところではなくて、あのとき二〇〇四年の出来事を記憶しておいてと、岸先生が頼んできたことそのものの方が重要じゃないかしら。これって、岸先生が今現在進行中の対決について、二〇〇四年の段階ですでに把握していたことになるのでは? ルール説明の続きを聞いてみなくては、断定は無理だけれども。

「実際の勝負では、それぞれ裏に二〇〇四年の出来事が記された百人一首の札を使うわ。そして取った札を、裏に書かれている出来事の古い順に並べて、間違いがなければ次の段階に進める」

 どう?という風に私を見やってくる神内さん。私は唇を一度噛み締めた。

「尋ねたいことがたくさんあって、何から聞いていいのか迷っています」

「何でも聞いて。私は基本せっかちだけど、待てるタイプだから」

 相矛盾する表現で自身を言い表す神内さん。この神様ならそうかもしれないと、割と簡単に納得できた。

「まず、凄く気になったのが、“次の段階に進める”です。次って、何。この対決だけで勝敗が決まるんじゃないってことですか」

「言うまでもないと思ってたんだけど、その通りよ。何しろ、私達が競うのは、運と記憶力なのだから」

「ということは……次の段階で運を競うと」

「ええ。それについて詳しくはまたあとで。必要なくなるかもしれないしね」

 嫌なことをさらっと言う。

「他には?」

「えっと、今聞いたルールだと、私がカルタで勝利しないと始まらないような。言い換えるなら、神内さんが先に二十五枚を獲得した場合はどうなるのかなと、疑問が浮かんで消えません」

「うん、想像が及ばないのも仕方ないかも。私の方は代闘士を立てるから」

「ダイトーシ?」

 どのような字を当てはめるのかすぐには察しが付かず、小首を傾げてしまう。「代わりに闘う者よ」と言われて、理解が追い付いた。

「代闘士、ですか。えーっと、最初の疑問が解消しないまま、新しい疑問が増えた感じなんですが……。誰を代わりにするのかとか、代闘士を使うのなら神内さんここにいなくてもいいんじゃないのとか」

「まず、代わりになる者は人間から選ぶ」

「は?」

「そうしないと、記憶力を競う点でどうしても不均衡が生まれるので仕方ないわよね」

「それはそうかもしれませんが、じゃあカルタ名人やクイーンを代闘士に立てられたら、私に勝ち目はありません」

 言いながら、きしさんの交渉ぶりを思い出していた。神様が言ったとしても、不利な条件をそのまま受け入れる必要はないんだってことは学習済みだ。

「あ、そこは私の説明不足だったわね。代闘士にやってもらうのは記憶対決のみで、百人一首は私がやる。だってそうじゃないと、こんな格好をした意味がない」

 神内さんは何故か、時代劇で番頭さんが忙しそうにあちこち駆け回るシーンみたいに、袖に両腕を引っ込めてポーズを取った。日本の神様みたいだけど、所々で思い違いしているような。

「分かりました。でも、記憶対決で記憶力名人とか物知り博士みたいな人を起用されては、同じことになりません?」

「もちろん、そんなバランス感覚を欠いたことはしないわ。とりあえず、代闘士を選出する方法を二つ、考えておいたから好きな方を選ばせてあげる」

 親切めかした言い方が気になった。二つとも選びたくないパターンだってあり得るんじゃないかしら。そうだったときははっきり言おう。

「一つ目は、二〇〇四年四月の時点で小学六年生だった日本人全員を対象に、抽選で一人を選ぶ方法。あっと、あなたや貴志道郎を除いた全員なのは言うまでもないわね」

 また色々聞きたいことができた。まったく関係のない人を巻き込む可能性が高いけどいいのかとか、相手は事情を把握した上で勝負するのかとか、相手と私は会話できるのかとか。でも最初に知りたいのは。

「その選ばれる人は、現在、つまり二〇一九年の姿形で勝負する?」

「いいえ。二〇一九年までに亡くなっている人間が結構いるからね。二〇〇五年一月一日時点の状態で勝負してもらうわ」

「うわ。それならやっぱり、私の方が圧倒的に不利です」

「かもしれないけれど、世相に全然興味のない子が選ばれるリスクをこちらは負うんだから。大けがや病気の子だって含むんだし」

「うーん」

 比較のしにくい異なる要素を並べられても、判断に迷うばかり。病気などの子はともかくとして、神内さんの言うように、世の中の出来事に無関心な人は一定の割合でいるんだろう。完全に関心がないのではなく、文字通り、関心のあることにだけアンテナを張っている人。そういうタイプは、小学生なら多いかもしれない。

 だからそういう子が対戦相手に選ばれれば、確かに私が勝てる可能性が高まるんだろうけど、期待したようになるパーセンテージが分からない。大まかにでも値をはじき出したいところなのに、計算するための材料が不足しているわ。


 つづく

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