第415話 次戦は場所を違えて

 考えようによっては、精神的疲労がまだ少ない私が体力勝負に臨むのは、理にかなっているとも言える。それに女神って、体力自慢ていうイメージ全然ないし。

「出場するのはもちろん私。種目は体力勝負で行きたい」

 決断を下した。相手の反応を見逃すまいと、神経を研ぎ澄ます。

「分かったわ」

 多少の動揺でもしてくれるかと思ったが、神内は平然と受けた。見た目の印象とは逆で、体力に自信があるのか?

「それじゃ、体力勝負のために空間をちょっと作り替えましょう」

 指揮者のような手つきで、暗い空間に向けて腕を一度だけ振った神内。次いで、指をパチンと鳴らした。

 すると今の今まで教会の中にいるようだったのが、一転。波が打ち寄せるビーチらしき開けた場所になっていた。昼の白い陽光がさんさんと注ぎ、風には磯の香りが乗っている。寄せては返す、さざ波の音も耳に届いた。

「リゾートってわけはないから、水泳勝負か何かか?」

「見たまんまの想像ね」

 くすりを笑った神内に、私はむっとした。見たままで何がいけない。

「つまんないことで、むれくないでよ。ほら、彼女さんも心配しているわ」

 ひょいと指差す神内。その指先から破線を延ばすと、私の顔の横をかすめて、後ろにいる天瀬に行き着く。見れば確かに心配げに上目遣いをして、私を見つめている。

「大丈夫、冷静だ」

 笑顔を作って彼女に答えた。

「頭の中にエアコンとかき氷とスキーとペンギンとドライアイスを思い浮かべて、冷静になった」

「――それなら大丈夫そうですね。がんばってください」

 天瀬の声援を受けて、振り返る。

 神内は人差し指をさらに一振りした。と、天瀬の近くにカラフルなビーチパラソルと、木製と思しき白のリクライニングチェアが現れる。

「休憩するのにあった方がいいでしょ? 私からの餞って言えばいいかしら」

「あ……ありがとうございます。でも、使うと眠ってしまいそう……」

 一度チェアに目をくれてから、不安げに呟く天瀬。神内は口に手のひらを当てて、さもおかしそうに笑った。

「これから戦う彼に悪いって? あはは、それを言うのなら、そもそも天瀬美穂さん、あなたはずっと横になって眠っているのよ? そこを忘れないでいてね」

「言われてみれば……そうでした」

 天瀬は簡単に納得した様子だ。まあ、事実そうなんだろうし、素直に休憩してくれた方が私も勝負に集中できるかもしれない。んー、でも苦しいときに彼女から声援がもらえたら、もう一踏ん張りできるかもな。

 それもこれも、体力勝負の内容にもよるが。

「それで神内さん、どんなことをして体力を競うんだ?」

「なかなか公平な競技がないのよね。いざとなったらほら、私達っていわゆる“人外の力”を行使できるから。単純なパワー、破壊力ではお話にならない」

 そういう“飛び道具”的なことはしないでもらいたい。ていうか、するな。体力勝負と呼べないだろ。

「勿体をつけずに教えてくれないか」

「せっかちね。いつもは時間がないないって言ってる私達だけど、今回は余裕があるから少しは会話を楽しみたいのに」

「会話ならいつも弾んでいる気がしていたが。楽しいかどうかはともかく」

「あら。女と男とではやっぱり感覚が違うようね。神も人間も、女の方が基本的におしゃべり好きということ」

「分かったから、早く」

 急かすと、神内は「折角、彼女の休める時間を長くしてあげようと思ったのに」と恩着せがましく言った。そういう観点からなら、感謝しないでもないが……それ以上にじらされるのはきつい。

「色々考えた結果、こういうのを用意したわ」

 やっと説明する気になったらしい。神内は海の方を指差した。

「……何だ?」

 浜辺からおよそ十メートル辺りに、足場のような物が見えた。水面から上に出ているのは五十センチくらいだろうか。金属製と思しき銀色に輝く正方形のスペースに、同じ材質の細い脚が延びて海中へと消えている。スペースの広さは、今いる場所からははっきりしないが、目見当で十センチ四方といったところか。そのような足場が2×3の六つずつ、距離を置いて二組分、並んでいる。サイコロの六の目のように見えなくもない。

「これからそれぞれの足場に立つわけだけどれども、端的に言えば相手よりも長く立っていた方の勝ち」

「体力の中でも持久力ということか」

「それにプラスしてバランス感覚もね」

「あの足場が海底にしっかり固定されているとしたら、かなりの長期戦になりそうだ」

「固定はしてあるけれども、なるべく短期決着するように、仕掛けを用意しておいたから安心して」

 だろうな。あんなとこにぼーっと突っ立っているだけじゃあ、大波を被るか強風が吹くかでもしない限り、簡単には落ちない。

「ある程度のゲーム性、ギャンブル色があるのは私が発案したからと思ってもらっていいわ。こうでもしないと、フェアな対決にならない」

「お気遣いをどーも。それで、どんな仕掛けがあるって? あの足場に立ってから説明するなんてのは、やめてもらいたいな」


 つづく

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