第414話 声、出せないのと違うの?

「……」

 天瀬が席を離れ、すっと私のそばに寄ってきた。ノートもペンも持っていない手で、私の服の袖を握る。

「天瀬さん?」

「……本当に際どいところでした」

 彼女が声を出したので驚いた。しかも、喉が奥の方で張り付いていたのを必死に剥がしたようなしわがれ気味の声になっている。これは、今また元通りに声を出せるようになったのではなく、しゃべるのをずっと我慢していたことを意味している?

 私がびっくり眼を向けると、彼女は、んん、と咳払いをしてから、ハイネ達の方を見る。

「神内さんもハイネさんもさすがに神様です。答は合っているし、しゃべれなくなったのが演技だってことも見抜かれるなんて」

 ハイネが言ったように演技だったのか。ということは、三問目のために声が出なくなった振りを思い付いたって? だとしたら、天瀬の方も充分に凄い。ちょうどハイネが脅しをかけてきたタイミングを捉え、自然な流れで声を出せなくなるまで、前もって計画していたみたいにスムーズだった。

「いえいえ。正解できなかったら、何の意味もありゃあしない。緒戦は我々の敗北を認めざるを得ないねぇ」

 案外さばさばとした語調になって、ハイネが言った。

「すべては美穂さんの手柄だ。次は神内さんと当たることになるが、いずれ私に復讐戦のチャンスをくれまいかね」

「死神さんとのご縁は短めにして切り上げたいところなんですが」

「なれば、あんたが寿命を全うしたときにでも再会を期すことにしましょか。では一旦、私は退場だね」

 席を立ち、神内の方へ向き直るハイネ。猫背気味なのところを、さらに頭をひょいと前に出し、打ち首スタイルになって話を続けた。

「すまないねぇ。まさか負けるとは思いも寄らなかった」

「いえ。私こそ何ら援護射撃ができず……」

 謝られるとは頭の片隅にもなかったのか、神内の顔には隠そうとしても隠しきれない戸惑いの色が見受けられる。ハイネはその変化に気が付いているのか否か、「おまえさんの性分なら、司会をすればああなるのは分かっていたよ」と応じた。

「それに、考えようによっちゃあ、あんまり早く追い込むのもまずいかね? どうも神内さんは人間側に多少の肩入れをしている」

「ちょっぴり、そのつもりがあるのは認めますわ」

「だったら、相手が早々に一敗していたら、いよいよもって本気を出しづらかろう? だが現状なら本気を出して相手をこてんこてんにのしたとしても、まだ一敗だ。思う存分、実力を発揮してくれますよねえ?」

「本気を出したからと言って、絶対に勝てるとは断言できませんけど」

 謙遜なのか、神内は答えてから、私の方をちらと見た。

「おお、そうでしたそうでした。あなたは一度、あの男の人間の方と一戦交えて、惜敗しているとか」

 ハイネは味方の傷口を突っつくような、かんに障る声で指摘した。

「当然、次の勝負はおまえさんと人間の男との顔合わせになるんだろうね? がんばって復讐を果たせるよう、願うとしましょ、神に」

「そのジョーク、面白くありませんよ、ほんとに」

 辟易した様子で肩を上下させ、嘆息した神内。そしてハイネと場所を入れ替わるよう、ジェスチャーで示す。

「私ゃ、司会はしたくないから、うまくやっといてくれるかい?」

 ハイネが言うのへ、神内は「だと思っていました」とため息に紛れさせて答えた。

「適当に休んでくださって結構。ただし、私の勝負に介入しないでほしい。よろしいですね?」

「あい、分かった」

 すでに背を向け、いい加減な動作で片手を振りながら立ち去るハイネ。死神が視界の外に消えてくれて、私は、いやきっと天瀬もほっとした。完全にではないが、居心地の悪さが少しだけ解消された気分だ。

「待たせたわね。そちらも天瀬美穂さんに充分休息を取らせた方がいいんじゃないの?」

「そうだな」

 神内の言に、私と天瀬は顔を見合わせた。

 次の勝負を何にするのかを決めていないが、天瀬に連戦をさせるのはきつかろう。当然、出場者は私だ。問題は種目である。

 ギャンブルを選べば、神内よりも強敵らしいハイネとのギャンブル対決は避けられるが、正直な心情を言うと、神内にもまた勝てるとは限らない。前回ぎりぎりだったことに加えて、リベンジに燃えている彼女の方が、ハイネ以上に手強いと言えるかもしれない。私は神内のやり方をある程度知っているつもりだけれども、神内は神内で私の手口を知っているしな。

 運試しは最後にしなければならないという決まりはないみたいだから、第二戦の今、選んでもいいんだろう。でも、運試しと言うからには、自分の力ではどうにもならない要素が多分に含まれているはず。一敗してもいい状況とは言え、まだ前半戦の内に黒星が一つつく可能性が高くなるのは避けたい。

 となると、残るは体力勝負か。不安材料としては、私は自分の肉体じゃなく、岸先生の身体を借りている立場だというのがある。だから体力勝負は天瀬の方が向いていると踏んでいたが、今の天瀬の疲労度合いは運動どころではあるまい。休むことで回復するかもしれないが、しないかもしれない。やはり、体力勝負は私が行くべきじゃないか。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る